木曜会 (夏目漱石)についての最新情報、関連する画像や動画を紹介。(出典:Wikipedia)

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木曜会(もくようかい)は、夏目漱石宅で、漱石の教員時代の教え子や漱石を慕う若手文学者が集まり、さまざまな議論をした会合のこと。毎週木曜日に開かれたのでこの名がついた。

概要

1906年(明治39年)、漱石の家には小宮豊隆鈴木三重吉森田草平などが出入りしていたが、同年10月中旬ごろ、鈴木三重吉が毎週の面会日を木曜日午後3時以降と定めた。これが後の「木曜会」の起こりである。この日は誰でも自由に来てよいことにしたので、かつての教え子以外の学生やその他の人物も多く来るようになった。

よく集まる顔ぶれには小宮たちのほか、内田百間野上弥生子らの小説家や、寺田寅彦阿部次郎安倍能成などの学者がいた。さらに後の新思潮派につながる芥川龍之介久米正雄らも学生時代から参加していた。彼らが一般的に漱石門下とされている。漱石は徒弟制などを取らなかったので、阿部次郎は「厳密に言えば漱石の弟子は一人もいない。所謂弟子というのは毎週木曜日に定期的に漱石の門をたたいた者のこと」と述べている。

門下生とされている者以外にも、歌舞伎等の古典芸能に造詣の深かった小宮の紹介で中村吉右衛門が、あるいは森田の紹介で平塚らいてうが参加することがあった。だが、吉右衛門は漱石が歌舞伎にそれほど興味がなかったため(漱石の妻・鏡子の著書『漱石の思ひ出』によると、吉右衛門は漱石に自身の顧問になってもらう心算があったようである)、平塚は森田との煤煙事件で漱石と対立したために、一時的なものとなった。

1916年12月9日に漱石が死ぬと、命日である毎月九日に開かれる、九日会に改められた。

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