大江氏についての最新情報、関連する画像や動画を紹介。(出典:Wikipedia)
大江(おおえ)氏は、日本の古代から近世の貴族。源、平、藤原、橘と同じく姓(本姓)であり、苗字ではない。
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奈良時代
古代の氏族である土師氏が源流とされる。桓武天皇が即位10年となった延暦9年(791年)に、縁戚関係にある土師諸上らに大枝の姓を与えた。
平安時代
866年には大枝音人が姓を改め、大江音人となる。大江氏には優れた歌人や学者が多く、朝廷に重く用いられた。中古三十六歌仙と呼ばれる和歌の名人三十六撰に、大江氏から大江千里、大江匡衡、大江嘉言、女性では和泉式部、赤染衛門らが選出されている。大江匡衡の孫に、平安時代屈指の学者であると共に河内源氏の源義家(八幡太郎)に兵法を教えたとされる大江匡房がいる。
鎌倉時代
1184年に河内源氏の棟梁の源頼朝に仕えた大江広元は大江匡房の孫であり、頼朝の覇業を内政面で支える。頼朝が鎌倉幕府を開くと、広元は幕府の中枢にまで昇りつめた。このことから大江広元の系統は、武家の大江氏として毛利氏をはじめとする武家の祖となる。
1247年に広元の四男の季光(毛利季光)が、鎌倉幕府に対して謀反を起こした三浦泰村に味方したため、武家大江氏の嫡流は衰退する。
その後
大江広元の後裔は各地方で武家として活躍した。その末裔に以下が挙げられる。
また、広元の兄・大江匡範の子孫は宮廷官人として残り、室町時代後半からは北小路家を称し、江戸時代は地下家として3家(蔵人2家、近衛家諸大夫1家)を出した。このうち、代々蔵人を務めた2家は江戸時代後期の弘化4年12月17日(1848年1月22日)堂上家(半家)に列せられた(最後の堂上家昇格)。
略系図
大枝諸上 ┃ 大枝本主 ┃ 音人 ┣━━━┳━━━━━━━━━━━┳━━━┓ 大江公朝 大江玉淵 千里 千古 ┃ ┣━━━┳━━━┓ ┃ ┣━━━┓ 大江清忠 大江朝典 大江朝衡 朝綱 大江維繁 大江維明 維時 ┣━━━┓ ┃ ┃ ┣━━━┓ 大江如鏡 大江成通 大江清胤 大江仲宣 大江重光 斉光 ┃ ┃ ┃ ┃ 大江忠度 大江成利 嘉言 匡衡 ┃ ┃ ┃ 大江師季 大江行職 挙周 ┣━━━┳━━━┳━━━┓ ┃ 大江清俊 大江通友 大江盛俊 大江盛賢 大江成衡 ┃ ┃ 大江通清 匡房 ┣━━━┳━━━┓ ┃ 大江通賢 大江通成 大江通能 大江維順 ┃ 維光 ┏━━━┳━━━┳━━━┫ 大江匡範 大江時房 大江親光 広元 ┏━━━━┳━━━━┳━━━━┳━━━━┫ 季光 忠成 親広 大江宗元 長井時広 ┃ ┃ ┃ ┃ ┃ 「毛利氏」「海東氏」「寒河江氏」「那波氏」「長井氏」 「北条氏」「酒井氏」 「安田氏」「芦澤氏」
大江氏の末裔とされる有名人
参考文献
- 大江隻舟『大江広元改姓の謎』(西日本新聞社、2003年) ISBN 4-8167-0582-1
- 大江隻舟『鎌倉争乱と大江一族』(西日本新聞社、2005年) ISBN 4-8167-0668-2
- 『新訂増補国史大系・尊卑分脉 第1篇』吉川弘文館 黒板勝美、国史大系編修会(編)ISBN 4642003622
- 『新訂増補国史大系・尊卑分脉 第2篇』吉川弘文館 黒板勝美、国史大系編修会(編)ISBN 4642003630
- 『新訂増補国史大系・尊卑分脉 第3篇』吉川弘文館 黒板勝美、国史大系編修会(編)ISBN 4642003649
- 『新訂増補国史大系・尊卑分脉 第4篇』吉川弘文館 黒板勝美、国史大系編修会(編)ISBN 4642003657
