里崎智也についての最新情報、関連する画像や動画を紹介。(出典:Wikipedia)
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| 千葉ロッテマリーンズ #22 | |
|---|---|
| 基本情報 | |
| 国籍 | |
| 出身地 | 徳島県鳴門市 |
| 生年月日 | 1976年5月20日(33歳) |
| 身長 体重 | 176cm 87kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 右投右打 |
| ポジション | 捕手 |
| プロ入り | 1998年 ドラフト2位 |
| 初出場 | 2000年4月6日 |
| 年俸 | 1億3000万円 (推定、2010年) |
| 経歴(括弧内は在籍年) | |
| |
| 国際大会 | |
| 代表チーム | |
| 五輪 | 2008年 |
| WBC | 2006年 |
この表について | |
里崎 智也(さとざき ともや、1976年5月20日 - )は、千葉ロッテマリーンズに所属するプロ野球選手(捕手)。
捕手としては強肩、打者としては思い切りのいいスイングによる長打力が持ち味。
目次 |
球歴
- 1998年 帝京大学からドラフト2巡目で千葉ロッテに指名され、入団。
- ルーキーイヤーの1999年8月、左尺骨茎状突起(左手首)を骨折。2度の手術後、約2年間のリハビリを経験するなど入団直後から苦労した。
- 2001年7月20日のフレッシュオールスターゲームにて1本塁打3打点をあげるなどの活躍をし、MVPに選出される。
- 清水将海(現・中日)に代わる正捕手の座を巡って橋本将などと争い、2002年には開幕から暫くマスクを任されるなど期待はされていたものの、この年も結果を残せなかった。
- 2003年
- 5月4日福岡ダイエーホークスとの試合の延長11回表、3対3の同点の場面で山本功児監督は清水将海の代打井上純を送る。しかし直後、当時監督の王貞治監督が左利きピッチャー・渡辺正和を出したので、山本監督が里崎を代打に送る。ここで里崎は見事期待に応え、決勝タイムリー三塁打を放った。実は前日に祖母を亡くし、告別式を欠席してまでの出場だった(本来は忌引が認められる)里崎はヒーローインタビューで涙を流した。ウイニングボールは祖母の墓前に手向けられた。(このエピソードは2004年3月20日に放送された『徳光&所のスポーツえらい人グランプリPart19』(日本テレビ)でドキュメンタリー形式にて取り上げられた)。それ以後、規定打席未到達ながら打率.319、本塁打8本の成績を残すなど活躍し一軍定着を果たした。この出来事がきっかけで2005年以降リーグを代表する正捕手へと飛躍していく事になる。
- 2004年
- ボビー・バレンタイン監督が就任した2004年の4月、左ひざの半月板を損傷し手術。確実視されていた正捕手の座を逃す。
- 2005年
- 2006年
ワールド・ベースボール・クラシック2006日本代表での里崎
- WBC代表に選出され出場。正捕手として世界一に貢献し、22打数9安打で打率.409、1本塁打に5打点をマークしラッキーボーイとして知名度を上げる。ベストナイン(捕手部門)にも選出される活躍をみせた。
- 4月26日にはWBCでの活躍が評価され、出身地の徳島県から特別功労賞が贈られた。
- 5月2日の福岡ソフトバンク戦では前年にチームメイトの渡辺俊介が記録した日本記録タイの5打席連続三振を喫した。6打席目はヒットを放ち不名誉記録更新は避けた。
- オールスターゲームに初のファン投票(捕手)での選出(2005年にも監督推薦で出場)。高校時代1本もヒットを打てなかった同郷の川上憲伸から初ヒットとなるソロホームランを放っている。
- この年、橋本将の故障と不調もあり正捕手に座った。球団としては1985年の袴田英利以来、21年ぶりの規定打席に到達(球団名がマリーンズに変更されてからは初)、ゴールデングラブ賞とベストナインにも選出された。
- 2007年
- この年より、バレンタイン監督により、主将に任命される(ユニフォームにも四芒星の中に「C」入りのキャプテンマークが付いた。位置は左腕のペットマークパッチ直上)。この年も規定打席に到達し、キャリアハイとなる75打点をマーク。クライマックスシリーズでも活躍した。また、2年連続でゴールデングラブ賞とベストナインを受賞。
- 北京五輪アジア予選日本代表メンバーに選出され、台湾で行われた最終予選の第3戦・台湾代表との試合に先発フル出場した。
- 2008年
- 前半戦で早くも故障してチームを離脱してしまい、さらにちょうど同じ時期に他の捕手も故障してしまったため、里崎がいない間にチームは大きく低迷してしまった。復帰後もけがの影響で本調子ではなく、打撃で完全復活を果たした橋本将とは対照的に打率も下げてしまい、規定打席にも届かなかった。
- 2009年
- 打率をさらに下げてしまったものの橋本の不調もあり正捕手に復帰し、再び規定打席到達。リーグトップの盗塁阻止率.382も記録した。
詳細情報
年度別打撃成績
| 年 度 | 球 団 | 試 合 | 打 席 | 打 数 | 得 点 | 安 打 | 二 塁 打 | 三 塁 打 | 本 塁 打 | 塁 打 | 打 点 | 盗 塁 | 盗 塁 死 | 犠 打 | 犠 飛 | 四 球 | 敬 遠 | 死 球 | 三 振 | 併 殺 打 | 打 率 | 出 塁 率 | 長 打 率 | O P S |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2000 | ロッテ | 4 | 7 | 7 | 2 | 3 | 2 | 0 | 0 | 5 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 2 | 1 | .429 | .429 | .714 | 1.143 |
| 2001 | 9 | 19 | 18 | 0 | 5 | 0 | 1 | 0 | 7 | 5 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | 6 | 0 | .278 | .316 | .389 | .705 | |
| 2002 | 12 | 25 | 23 | 1 | 1 | 0 | 0 | 1 | 4 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 2 | 0 | 0 | 9 | 0 | .043 | .120 | .174 | .294 | |
| 2003 | 78 | 253 | 213 | 28 | 68 | 13 | 2 | 8 | 109 | 39 | 0 | 1 | 6 | 5 | 22 | 2 | 7 | 45 | 4 | .319 | .393 | .512 | .904 | |
| 2004 | 61 | 195 | 174 | 20 | 37 | 7 | 0 | 6 | 62 | 19 | 0 | 0 | 3 | 1 | 17 | 1 | 0 | 41 | 3 | .213 | .281 | .356 | .638 | |
| 2005 | 94 | 333 | 297 | 40 | 90 | 19 | 2 | 10 | 143 | 52 | 1 | 0 | 6 | 2 | 25 | 0 | 3 | 74 | 7 | .303 | .361 | .481 | .842 | |
| 2006 | 116 | 449 | 382 | 50 | 101 | 23 | 1 | 17 | 177 | 56 | 2 | 1 | 8 | 5 | 45 | 3 | 9 | 95 | 7 | .264 | .351 | .463 | .815 | |
| 2007 | 127 | 528 | 477 | 56 | 129 | 27 | 3 | 14 | 204 | 75 | 1 | 0 | 4 | 6 | 36 | 1 | 5 | 109 | 4 | .270 | .324 | .428 | .752 | |
| 2008 | 92 | 381 | 330 | 54 | 86 | 8 | 0 | 15 | 139 | 45 | 1 | 1 | 2 | 2 | 44 | 2 | 3 | 92 | 8 | .261 | .351 | .421 | .772 | |
| 2009 | 124 | 479 | 414 | 39 | 97 | 22 | 1 | 10 | 151 | 49 | 0 | 2 | 5 | 5 | 49 | 2 | 6 | 121 | 7 | .234 | .365 | .321 | .685 | |
| 通算:10年 | 717 | 2669 | 2335 | 290 | 617 | 121 | 10 | 81 | 1001 | 342 | 5 | 5 | 34 | 26 | 241 | 11 | 33 | 594 | 41 | .264 | .338 | .429 | .767 | |
- 2009年度シーズン終了時
背番号
- 22(1999年 - )
タイトル・表彰
- ゴールデングラブ賞 2回(2006年~2007年)
- ベストナイン 2回(2006年~2007年)
- フレッシュオールスターゲームMVP(2001年)
- 最優秀バッテリー賞(2005年、2007年):それぞれ渡辺俊介・成瀬善久と共に受賞
- ※渡辺俊介とは同年齢で受賞したが、バッテリーが同年齢で受賞したケースはパ・リーグ初。
- WBCベストナイン 捕手部門(2006年)
個人記録
- 初出場・初先発出場:2000年4月6日、対西武ライオンズ2回戦(千葉マリンスタジアム)、8番・捕手として先発出場
- 初安打・初打点:同上、7回裏に石井貴から
- 初本塁打:2002年4月3日、対福岡ダイエーホークス3回戦(福岡ドーム)、3回表に山田秋親から左越ソロ
- 初盗塁:2005年8月17日、対西武ライオンズ15回戦(インボイスSEIBUドーム)、7回表に二盗(投手:松坂大輔、捕手:野田浩輔)
- オールスターゲーム初出場(監督推薦)(2005年)
- オールスターゲームファン投票1位で出場(2006年・2009年)
CM
- ロッテ グリーンガム(2005年~2006年、バレンタイン監督やチームメイトと共に出演)
- ロッテ ガーナ(2006年、長澤まさみと西岡剛チームメイトと共に共演)
- 君津住宅(2006年6月~)
- ZETT 原寸.com(J SPORTSなどの野球中継内で放送)
人物像・エピソード
- 性格は常に前向き、また目立つのが好きである。
- 2005年は試合後に行うライブが話題になった。
- 2005年5月29日の対横浜ベイスターズ戦(千葉マリンスタジアム)で自身初の満塁本塁打を放ち、この試合好投した渡辺俊介と共にヒーローインタビューで「今日は球場正面入り口で俊介と歌いまーす!」と宣言。千葉ロッテマリーンズの公式応援歌『We Love Marines』を歌う。
- 2005年8月8日の渡辺俊介と今江敏晃がヒーローの試合後、渡辺に指名され三人で歌う。野球選手の次に歌手になりたかったと言い、人前で歌うのは小さい頃からの夢であったという。
- 2005年8月28日の対オリックス・バファローズ戦で黒木知宏が復帰登板勝利を果たしたその日、ステージに来たのは本塁打を打った里崎であり(黒木がステージに出演しない事は、場内アナウンスで説明があった)、黒木がヒーローインタビューでかけていた「本日の主役」タスキをかけて歌いに来る。
- 鼻の真下にある大きなほくろがトレードマーク。本人もお気に入りで、緊張した時にそれを触ると落ち着くらしい。ファンも触りに来るほど。
- 犬好き。球団のベースボールドッグであるエルフにもなつかれている。
- 料理が得意。ラジオ番組に出演した際「何でも作れる」と話していた。
- 歯を1日5回磨く。
- 『(自宅)所蔵数約1,000冊』と語るほどの、漫画愛好家としても知られる。遠征で移動する時も、漫画雑誌を携帯している。鋼の錬金術師が好きで全巻所有している。
- 元東北楽天ゴールデンイーグルスの愛敬尚史投手とは帝京大学の同級生(背番号も同じであった。)。バッテリーを組み活躍した。現在でも親交は厚く、また対戦の時には互いを意識するコメントが両者のブログで見受けられた。
- 空振りした際にバットを飛ばしてしまう癖があることで有名。この癖は、バットを飛ばす千葉ロッテ独自の練習法の一つ(2002年打撃コーチであった高畠康真の考案)(かつては今江敏晃、福浦和也、澤井良輔など千葉ロッテの野手の数人に見られた)と、変化球を強引に打ちに出るため“バットを放り投げるようなバッティング”をしているからという説がある。2006年はWBC決勝での相手ピッチャー方向へのバット投げや、シーズンを通しても計10回(特に8月は21試合の出場で5回)のバット投げを記録している。
- 2006年シーズン開幕より毎日更新していたブログを10月3日の記事で更新終了。
- ブログにて好きな言葉を「YES,I CAN'T」と書いたことがある(このような用法は存在しない。複数回書いているためタイプミスではないようである。なお、すぐに「YES,I CAN」に全て修正された)。
- ブログにて7月8日に七夕と絡めて「彦星と乙姫が~」と書いたことがある。(後に「織姫」に修正された)
- 捕手としてはリーグ有数の強肩(遠投120m)の持ち主で、盗塁阻止率も高い方である。中日・谷繁元信捕手の下半身の動きを手本としたところ上達したそうである。(『ナンだ!?』に出演した際の本人の談)
- 2007年1月2日に放送された番組「徳光&所の世界記録工場Part3」(日本テレビ)に出演。前回のPart2で、元チームメイトの初芝清が260m上空からのフライキャッチに挑戦するも失敗し、里崎はリベンジすべく更に5m高い265m上空からのフライキャッチに挑戦し、フライキャッチに向いている外野手用グラブを使うなどするもまたもや失敗。リベンジは果たせなかった。
- 交流戦では2005年より3年連続で満塁ホームランを放っている。それも2006年、2007年はともに雨中の神宮球場での2死からの満塁逆転弾だった。ヒーローインタビューでもこの点について触れられ、「特に雨が降る満塁の神宮は縁起が良いみたいです」とコメントした。2008年は交流戦では満塁弾はなかったものの、レギュラーシーズンでは満塁弾を放った試合があり、4年連続で満塁弾を放った。2008年シーズン終了現在、マリーンズで4年連続で満塁弾を放った選手は里崎のみである。
- キャプテンを任されるなど責任感は強く、またそれが原因で不甲斐ない投球をした投手に辛辣なコメントを出すこともある。ただ、これはチームの勝利を何よりも重く考えるが故であり、その姿勢などから先発投手陣からの信頼は厚い。
- 2008年に放映されたテレビ朝日系連続ドラマ『打撃天使ルリ』第3話に間接的にだが出演している。作中でサヨナラホームランを放った。
- 2009年8月2日に行われた東北楽天戦で相手選手のトッド・リンデンと一触即発の状態となる。
関連項目
| 千葉ロッテマリーンズ 2010 | |
|---|---|
| 監督 | 78 西村徳文 |
| コーチ | 76 青山道雄(外野守備兼総合ベンチ) | 71 西本聖(投手兼バッテリーチーフ) | 75 金森栄治(打撃兼野手チーフ) | 74 山中潔(バッテリー) | 79 井上祐二(ブルペン) | 77 吉鶴憲治(バッテリー補佐) | 72 上川誠二(内野守備走塁) | 73 諸積兼司(外野守備走塁) | 98 赤坂守(フィジカル) |
| 二軍監督・コーチ | 87 高橋慶彦(監督) | 85 袴田英利(総合) | 86 長嶋清幸(打撃) | 81 成本年秀(投手) | 83 佐藤兼伊知(内野守備走塁) | 80 代田建紀(外野守備走塁) | 88 前里史朗(ブルペン) | 89 池田重喜(育成) |
| 投手 | 0 荻野忠寛 | 11 大嶺祐太 | 12 川崎雄介 | 13 橋本健太郎 | 14 大谷智久 | 15 上野大樹 | 17 成瀬善久 | 19 唐川侑己 | 20 服部泰卓 | 21 内竜也 | 24 下敷領悠太 | 27 古谷拓哉 | 28 根本朋久 | 29 小野晋吾 | 30 伊藤義弘 | 31 渡辺俊介 | 33 コーリー | 34 木村雄太 | 35 坪井俊樹 | 36 黒滝将人 | 37 林啓介 | 38 中郷大樹 | 41 小林宏之 | 42 香月良仁 | 45 松本幸大 | 46 川越英隆 | 47 那須野巧 | 48 秋親 | 49 薮田安彦 | 51 植松優友 | 53 相原勝幸 | 56 山本徹矢 | 60 阿部和成 | 69 マーフィー |
| 捕手 | 22 里崎智也 | 39 田中雅彦 | 43 斉藤俊雄 | 62 金澤岳 | 63 青松敬鎔 | 64 宮本裕司 | 67 的場直樹 |
| 内野手 | 2 今岡誠 | 5 堀幸一 | 6 井口資仁 | 7 西岡剛 | 8 今江敏晃 | 9 福浦和也 | 16 塀内久雄 | 32 根元俊一 | 40 渡辺正人 | 50 翔太 | 52 金泰均 | 58 青野毅 | 59 細谷圭 | 68 早坂圭介 | 70 定岡卓摩 |
| 外野手 | 1 清田育宏 | 3 サブロー | 4 荻野貴司 | 10 大松尚逸 | 23 大塚明 | 25 竹原直隆 | 55 神戸拓光 | 57 佐藤賢治 | 61 角中勝也 | 65 南竜介 | 66 岡田幸文 | 99 ムニス |
| 育成選手 | 121 山室公志郎 | 122 林彦峰 | 126 田村領平 | 127 木本幸広 | 128 鈴江彬 | 129 角晃多 | 130 生山裕人 | 131 西野勇士 | 133 吉田真史 |
| 業績 | ||||||||||||||||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
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| 野球日本代表 | ||||||||||||||||||||||||||||
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| 千葉ロッテマリーンズ 1998年ドラフト指名選手 |
|---|
| 1位:小林雅英 / 2位:里崎智也 / 3位:川井貴志 / 4位:寺本四郎 / 5位:小島大作 |
カテゴリ: 野球選手記事 | 雑多な内容を箇条書きした節のある記事 - 2009年7月 | 日本の野球選手 | 帝京大学硬式野球部の選手 | オリンピック野球日本代表選手 | 千葉ロッテマリーンズ及びその前身球団の選手 | 徳島県出身の人物 | 1976年生 | 存命人物
