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所ジョージ
基本情報
出生名角田 隆之
別名所さん
出生1955年1月26日
学歴拓殖大学商学部中退
出身地 日本 埼玉県所沢市
ジャンルロック
フォークソング
担当楽器ギター
活動期間1977年 - 現在
レーベルキャニオン・レコードEPICソニーVAPavex
事務所ティヴィクラブ
共同作業者坂崎幸之助
公式サイトTOKORO WEB
 Template‐ノート:Infobox Musician 

所 ジョージ(ところ ジョージ、英語表記:Tokoro George、本名:芳賀 隆之(はが たかゆき)、旧姓:角田、1955年1月26日 - )は、日本シンガーソングライターお笑いタレント俳優司会者。ティヴィクラブ所属。身長172cm。血液型O型東京都世田谷区在住。

目次

概要

埼玉県所沢市出身。市内のこひつじ幼稚園、南小学校、南陵中学校、小平市錦城高等学校を経て、拓殖大学商学部に進学するも学費納入の手続きを忘れ、学費未納として除籍される。「シンガーアンドソングコメディアン」を自称し、ミュージシャンコメディアンとして芸能界デビュー。その後、日本を代表するタレントとして複数の冠番組を持つ。その他、俳優声優司会者ラジオパーソナリティディスクジョッキー作家コピーライターゲームクリエイター発明家、また少年ビッグコミックにおける漫画家としての連載など、様々な活動を行っている。

芸名の由来

芸名の「所ジョージ」の由来は、出身地の所沢市柳ジョージをモチーフに宇崎竜童によって「沢の柳ジョージ」という意味で命名された。タモリは「所」「とっころさん」、ビートたけし坂崎幸之助からは「所」、伊東四朗は「ジョージ」「とこちゃん」、明石家さんまは「所ジョージ」とフルネームで呼ぶこともある。

芸能活動

ミュージシャン・音楽面

大学時代、2年生に進級できなかったため音楽の道を志す。それから程なくデモテープが「面白い」とプロデューサーに認められて音楽業界に入る。ダウン・タウン・ブギウギ・バンドボーヤとして、東京渋谷にあったライブハウス「ジャンジャン」にてレギュラーで前座を務めていた。もう一人のプロデューサーがダウン・タウン・ブギウギ・バンドのプロデュースも手掛けていた関係で宇崎竜童と出会い、前座で出演するに当たって「所ジョージ」と命名された。ライブ会場では小遣い稼ぎのために勝手に宇崎のシールを作って売ったり、ステージ上では「どうせ誰も聞いていない」との理由で餅を焼いて食べる等していた。人前で歌ったことがない状態からボーヤを経て、1977年7月に『ギャンブル狂想曲/組曲 冬の情景』で、シンガーソングライターとしてデビュー。

1980年代前半はCBSソニーの新人登竜門の新宿ルイード等でしばしば営業活動を行っていた。楽曲等の演奏は殆ど無く、主にしゃべり+ギターの流し芸人スタイルであった。大手との契約があったこの頃より、客を軽視するバカ芸風が確立された。

1998年、テレビ番組『MUSIC HAMMER』の企画としてシングルCD『「ミュージック・ハンマー」オリジナルサウンドトラック“トンカチ”』をリリース。このCDでは同番組で所と共に司会を務めた坂崎幸之助篠原ともえも参加している。

1999年には明石家さんまの人生を描いた曲『明石家さんまさんに聞いてみないとネ』をリリース。この企画はさんまが司会を務めるさんまのまんまに所が出演したことをきっかけに生まれた。この曲にはさんま本人とゲストとしてたまたま通りがかった工藤静香も参加している。プロモーション・ビデオは多忙なさんまと所の2人のスケジュールが取れないため、レコーディング風景の映像をそのまま使っている。記者会見では「ライバルはGLAY」「目標は売り上げ5000万枚」「NHK紅白歌合戦出場を狙う」などと言っていた。なおアルバム『洗濯脱水』には『明石家さんまさんに聞いてみてもネ』という曲も入っている。

2002年7月には、女性フォークデュオ素一(すっぴん)」のシングル「白い月」で初めて他のアーティストのプロデュースを行った。シングル「白い月」は2002年7月24日に発売され、収録されている「白い月」「治療」「ガンバレ」 の3曲の作詞・作曲も所が担当している。

2004年9月、男性フォークデュオコブクロ」とともに「トコブクロ」を結成。所がイメージキャラクターとして出演した缶コーヒー「ワンダ モーニングショット」(アサヒ飲料)のテレビCMのイメージソングを制作した。2004年9月29日には、マキシシングルCD『毎朝、ボクの横にいて。』として発売。

そのほかにも、NHKみんなのうたでは、1989年には「背中でツイスト」、1999年には「歩いてみっか!」を歌っている(前者は所の歌では未発売。但し中尾隆聖柳田ヒロ、赤坂東児らがカバーしたものがCD発売されている。後者は所の歌でCD発売)。なおこれらの曲について、前者ではアニメキャラクター、後者はCGキャラクターとして、映像に登場している。

2006年には、エイベックスより、アルバムを1枚リリースしたり、山本譲二との「譲二さんと所さん」名義でコラボレーションシングルをリリース。山本との競演に関しては、「この異色ユニットでNHK紅白歌合戦に出たい。」と望んでいたが、取り下げられてしまった。

楽曲の特徴

自らのレコード・CDは遠慮のない表現やパロディ等のため、かつてはすぐ廃盤になったり、発売されなかったりする事が多かった。シングル『まったくやる気がございません』のイントロでも「滅多に売れた事のないと言う(以降省略)」と言っており、20周年記念アルバム『カニバーサミー』を出演番組で宣伝した際も「(自分の歌は)どうかしてる。売れないわけだ」とコメントした。しかし、デビューアルバム『現金に手を出せ!!』はオリコン最高位33位を記録し、シングル『寿司屋』はザ・ベストテンで、20位より下のかなり低い順位ではあるがランクインしたこともある。業界の中では宇崎竜童や奥田民生などから高い評価を受けており、レコーディングに大物ミュージシャンや森高千里などの意外なゲストが参加することが多い。友人であるアルフィー高見沢俊彦は、『新堂本兄弟』に所がゲスト出演した際に「こいつ天才なんじゃないかな」と語っていた。音楽業界において唯一無二の存在であるが、「一人だとその分野は盛り上がらない」と、自分の後に続く者が現れないことを嘆いてもいる。

パロディに関しては、植木等風の『まったくやる気がございません』、サザンオールスターズ風の『勝手に千葉でシンドバット』、子門真人風の『泳げたいやき屋のおじさん』、錦野旦風の『空に太陽がない』、沖縄風の『なんか想像』、南米風の『コンドコソ飛んで行く』、アメリカ童謡風の『豪華な金時計』等々、若手の頃から所の楽曲作りにおいて欠かせないものとなっている。ロックバラードテクノレゲエ民謡民族音楽童謡軍歌に至るまで、ジャンルにとらわれない実に幅広い曲作りをしている。

レコーディングされたもっとも短い楽曲は、『スブタ』という曲。歌詞も12文字だけでわずか5秒の作品。よくバラエティー番組で披露されることが多い。『どっちの料理ショー』や『SMAP×SMAP』で紹介されたこともある。

面白い歌を歌う反面、心に染み入る歌や哲学的で深い内容の歌も数多く歌っている。音楽評論家の萩原健太は、2009年2月17日放送の『誰も知らない泣ける歌』において「僕は所さんの歌が大好きで、本当に良い曲多いんですよ。日本で一番過小評価されているシンガーソングライターだと思います。」と評している。その日、所が自分の歌で一番好きだと言っていると言う『ご自由にどうぞ』が「娘への愛にあふれた歌」として紹介された。

その他、音楽に関して

1998年に『LOVE LOVEあいしてる』に出演した時、吉田拓郎の楽曲を色々貰ったので、お返しに「『ラクダの商人』あげる」と所の楽曲をプレゼントしようとすると、吉田から、「いらない」とあっさり断られた。なお、貰った楽曲のうちの1曲は、所が歌詞を付けて、翌年に発売したアルバム『洗濯脱水』に「恋の唄」のタイトルで収録されている。

ギターで3カポを多用するため、3フレット分ネックをカットしたギターをオーダーメイドした。ボディの裏側に大きく「TURBO」と書かれていたため、「ターボギター」と呼ばれていた。後に井上陽水にこのギターをプレゼントした際、陽水はネックの短さに驚いている。この経緯については『LIVE 絶滅の危機』に、所本人が語っている様子が収録されている。

宝くじ・ミスタードーナツのCMやいくつかの看板番組では出演するとともに、テーマソングを作詞・作曲し歌っている。『世界まる見え!テレビ特捜部』におけるラサール石井の証言によれば、出演料だけでなく、別途作詞・作曲料も請求している。この件に関して、所本人は否定せず苦笑していた。但し、所とのCM契約終了後も使用されていることがあり、真偽は不明。

音符を書いて譜面を書く事が面倒臭いのととっさに別荘に五線紙がない場合もある為、歌詞の上に文字で音階を書いて譜面代わりにしている。

タレント業

1977年に当時は無名であったが『オールナイトニッポン』のパーソナリティーに抜擢される。これをきっかけに本格的にタレント業に進出する。1979年から『ドバドバ大爆弾』の司会者になり一躍名が知れ渡ることとなる。この当時について所は「とにかく『所ジョージ』の名前を覚えてもらおうと思って何でも仕事を引き受けた。どんな仕事をやってもソングライターの思いを持っていればいいと思ってた。でも、時代劇の中でどうすりゃソングライターの顔ができるんだよ。ドラマも同じ。そのうちソングライターだって忘れちゃった。24歳でいつの間に司会業をやってた」と語っている(日刊スポーツ、2006年7月23日付)。

1983年から1990年まで、新人の頃から赤塚不二夫と共に親交の厚いタモリが司会の『笑っていいとも!』のレギュラーを務めていた。「金言・格言 色紙でどうじょ!」等のコーナーが人気となる。1984年には「す・ご・い・で・す・ネッ」が新語・流行語大賞の流行語部門大衆賞を受賞。1985年からは『所さんのただものではない!』が始まり、バラエティに欠かせない存在となる。

1996年から2006年春まで宝くじのCMのイメージキャラクターを務めている。肩の力を抜いた、いい意味での「いい加減さ」が人気であり、司会、レギュラーを務める番組は多数で、長寿番組も多い。また、理想の父親、上司ランキングの常連でもある。そのリラックスした司会ぶりは、島田紳助に羨ましがられている。明るく弾けたキャラクターでこれまでに無数のCMに出演。宝くじやゆうパックミスタードーナツ等数多くのCMソングも手掛け、CM大王とも呼ばれた。

タレントとしての芸風は「いい加減」さを売りにしているが、1980年代まではテレビでは登場時に縦横無尽に暴れまわる芸風であり、番組スタッフと内容を巡って以下のような軋轢をおこしている。そのため、80年代には日本テレビ系からフジテレビ系へ、そして90年代には再度日本テレビ系へと活動の中心を移している。

日本テレビ系列においては、『11PM』の水曜日の司会を長年続けた愛川欽也の勇退を受けて、1986年4月より水曜の司会に起用された。これは同じ日本テレビ系の『TV海賊チャンネル』での功績を認められての抜擢だった。しかし、『TV海賊チャンネル』時代には所ワールドと言ってもいいくらい自由だったのに対し、長寿番組『11PM』では制約が多く、スタッフ等との意見衝突もあって、半年で降板した。

フジテレビにおいては、出演していた『笑っていいとも!』で、所がやりたがっていた企画と、スタッフが所に出した企画の内容の違いが浮き彫りになった。次第に『いいとも!』が当初のマニア受けの番組から万人受けする番組に変化する中、所の存在や出演コーナーは番組全体から浮くようになった。スタッフに抵抗するかのように、1989年年末の『笑っていいとも!特大号』では他の出演者がものまね紅白歌合戦企画で女装する中、所は一人女装せずに助走した。スタッフとの考えの違いは埋めきれないまま、所は1990年3月に『いいとも!』を降板する。

これを契機に一時期フジテレビに対して不信感を抱き、次第にフジテレビでの仕事を減らし、『ものまね王座決定戦』の司会、『やまだかつてないテレビ』の準レギュラー、『所さんのただものではない!』の司会を1992年3月までにすべて降板した。1992年4月から1995年3月までの期間は、特番などには出演するものの、レギュラー番組への出演はない。その時期の出演番組は、特番の『世界の超豪華珍品料理』、『芸能界ぶったまげリクエストそこまでやる!?』や、ビートたけし繋がりの『たけし・逸見の平成教育委員会』や『平成教育テレビ』、『平成夏休みバラエティー』だけである。 こうした経緯によって、90年代においては再度日本テレビでの仕事が多くなった。日本テレビの『マジカル頭脳パワー!!』では、かなりの正解率を誇り、VTR問題はVTRが出た瞬間に正解する等もの凄い頭の回転力を見せつけ、ほぼ毎回トップ頭脳賞を獲得していた。しかし、スタッフのクイズ・ゲームを重視する主張と、所の「クイズも大事だが出演者同士のやりとりも大事」とする主張の対立により、1996年10月10日をもって同番組を降板している。その後、所曰く「(司会の)板東さんに『所さん、頼むから出て』とお願いされて」1997年9月のSPにゲスト出演。番組を挙げて「打倒所」がテーマだった、2001年12月29日放送の復活SPにも出演している。

以上のようなこともあったが、その後も日本テレビには多数のレギュラー番組が存在し、フジテレビにおいても、1994年と1997年、1998年、2006年に所が『笑っていいとも!』のコーナー・テレフォンショッキングに出演し、レギュラー番組も持っている。

俳優・声優業

俳優としては、1980年代半ばから90年にかけて『うちの子にかぎって』『パパはニュースキャスター』『はいすくーる落書』『ママハハ・ブギ』などTBS系のドラマに脇役として多数出演。1993年に黒澤明監督作品『まあだだよ』にて好演し、日本アカデミー賞助演男優賞、ブルーリボン賞助演男優賞を受賞。スペシャルテレビドラマ『私は貝になりたい』にも主演し、当時は役者転向かとも言われたが、現在もタレント、ミュージシャン業をメインにしている。役者業をしたのは、ある人に曲が売れない事を話したところ、「ドラマに出演すれば、曲が売れるのではないか?」と唆されたからだという。また、声優としても活動しており、海外ドラマの『アルフ』やディズニー映画の『トイ・ストーリー』シリーズ、宮崎駿監督作品『崖の上のポニョ』などに出演。本業が俳優でないにもかかわらず、日本映画界の二大巨匠とも言われる黒澤明と宮崎駿の監督作品両方に出演歴のある唯一の人物である。

創作活動

雑誌

著書も数多いが、それとは別に雑誌の制作も行っている。現在も続刊中の月刊誌『ライトニング』は、所が自らの所属事務所であるティヴィクラブに出版部門を設立して創刊させたもの。その後『ライトニング』は枻出版社に版元変更し、本人との関わりはわずかとなったが、個人としてメディアを所有した芸能人は世界的にも稀である。他にも過去には『デイトナ』等トータル・コンセプターとして接している雑誌もある。テレビ番組所さんの世田谷ベース』(BSフジ)のムック版『所ジョージの世田谷ベース』や、北野武と組んだ『FAMOSO』の編集にも関わっている。『FAMOSO』は即日で完売し、各地で展覧会が開かれるなど好評を博した。

発明等

「創意工夫」をモットーとして、ライフワークとして発明家の顔も持っている。TxTパラレルハンマーアイアンというアイアンの形を根本から変えた、世界でも例を見ないゴルフクラブの開発に携わり、特許も取っている。他にもパットを真っ直ぐ打てるようになる小物などゴルフ絡みの発明は多い。それ以外にもテレビのリモコンと爪切りが合体した物や、ポットと懐中電灯がくっついた物といったユニークな発明も行っている。

Tシャツジャケットバッグといったファッショングッズのプロデュースもしている。多くの前掛けを繋ぎ合わせデニム風にして、自ら着用していたこともある。その他、腕時計や置物、ステッカー等もデザインし、ファッショングッズと共に販売もしている。所にはコーディネーターがいないため、テレビに出演する際には主に私服を着ているが、自身がデザインした服を着ることも多い。

「今の時代は100年後に語られるものがない。昔の人が考えたものをそのまま使っているだけ。何か文化を残さないといけない」ということで、新しい漢字四字熟語民謡等を作ることを自身の宿題としている。いずれもシャレを交えているが、所流の創作四字熟語である「四字列語」は朝日新聞で連載され本にもなった。

生活・思想

妻はもともと行きつけのスナックのママであり、現在は「ブンブーンクッキング」の著者、また所の事務所であるティヴィクラブ社長でもある芳賀文子ビートたけしから、「かみさんは福島出身だから、おにぎりのことを『おぬぐる』と言うんだろ」と冷やかされていた。結婚披露宴では赤塚不二夫が自らビデオカメラを持ってきて撮影し、仲人タモリが務め、披露宴では所の経歴を「拓殖大学を優秀な成績で除籍」と紹介され、本人も喜んでいる。この時以来、「仲人といえば」「親も同然」が、タモリと所の間の合言葉になっている。披露宴には当時パーソナリティーを務めていたオールナイトニッポンのリスナーを招待した。ちなみに本名の芳賀は妻の姓であり、いわば、婿養子である。妻が一人っ子の為、義父に「跡継ぎがいないから養子になるなら結婚してもいいよ」と言われ、「はい、なります」と即答し婿養子になったとのこと。二女の父。

「私はアメリカ人だから」と自称するほど、ライフスタイルは徹底したアメリカンスタイル。トレードマークは「おでこメガネ」「額グラサン」とも呼ばれる、額にめがねサングラスをかけた姿である。ジーンズTシャツといったラフな服装でテレビに出ることが多く、その縁でベストジーニスト(第4回・1987年)に選ばれたこともある。

大学時代は拓殖大学のアーチェリー部に所属していて、『徳光&所の世界記録工場』等のテレビ番組でその腕前を披露している。ブランクがあるにも関わらず軽々と的の中心付近を射抜き、かつての片鱗を見せていた。当時は丸刈りに学生服という縦社会に染まっていたため、コント赤信号のツッパリコントを観て「あんなの体育会系じゃない」と憤っていたという。

オールナイトニッポンに出演していた20代の頃から、何度もカツラメーカーからCMのオファーがあるも、断っていた。頭皮が薄くなったのは、ビートたけしピコハンで叩かれすぎているからとも言われる。

埼玉が「ダ埼玉」と揶揄されていた1980年代前半、埼玉県庁発行の埼玉県民だよりに「ダサいと言われてカッカする方が余程ダサいと思う。埼玉らしい良さを自覚し誇りに思うべきだ」「住むにはとてもいい所だ」等、冷静なコメントを寄せている。

1984年、第1回新語・流行語大賞で「す・ご・い・で・す・ネッ」が流行語部門大衆賞を受賞するなど、流行の先駆者でもある。、また、本人は上述の「おでこメガネ」スタイル(帽子の上に掛けるものも含む)を21世紀に復活させたり、以前女子高生などの間で流行した「ゲロゲロ」「〜かもしんない」という言葉や「ルーズソックス」の先駆けも自分であると言っている。

クールでドライな一面もあるためか、人前で涙や悲しみを絶対に見せないが、明石家さんま曰く、「オールナイトニッポン」の最終回で号泣した。また、「笑ってコラえて」「奇跡体験!アンビリバボー」などの番組で感動的なVTRが流れた後、スタジオで共演者が涙を見せる中で絶対に涙を流さない。また、お葬式にも報道陣の前ではあまり姿を見せず、黒澤明通夜で取材に応じたぐらいである。

できちゃった結婚には否定的で「できちゃった結婚は、ウンコしてからトイレを建設するようなもの」 と、本能の赴くままに行動して後で焦ることに例えた発言をしている。

2008年7月、男性マネージャーが5000万円以上を横領したため、解雇とした。この男性マネージャーは、CM担当をしていた。2009年の「大改造!!劇的ビフォーアフター」記者会見では弁護士に対策を任せてあり、さほど気にしていないと語った。

2009年4月19日放送テレビ朝日系列「これが世界の現実だ!アフリカ最貧国・ベナン救済計画」でベナンの子供達へ通学バスやランチプレートを寄付していると公表した。この通学バスは所の自家用車の整備を手がける輸入車ディーラーが輸入したダッジ・ラムを、同じく所行きつけの自動車板金業者でスクールバス仕様に改装したものである。

犬を飼っており、犬種はロットワイラーである。過去にも何匹か飼っていた。中でも有名なのは、CMで飼い主の所と共演した事があるシベリアンハスキーのインディーである。 2009年12月17日放送「所ジョージのオールナイトニッポンGOLD」での所の話によると正式な名前は、インディアナ・ジョーンズと言うらしく、映画の『インディージョーンズ』で主人公の名前は犬の名前であると言う場面があるが、それよりも前に「インディアナ・ジョーンズ」と言う名前を付けていたと言う。また18歳まで生きたと言う。シベリアンハスキーの様な大型犬が18歳まで生きるのは長寿である。

インディーが亡くなって病院に連れて行ったら休診であった為、次の朝に行けば良いと家に戻りって車に入れっぱなしにしていたら妻(芳賀文子)に「可愛そうだから犬小屋に戻して」と言われて渋々犬小屋に戻したと言う。所は、病院連れて行く車中で、「おまえは、私の芸能活動に貢献した」と感謝の意を述べたと言う。

趣味

無類の好き、特にアメ車好きとして有名で、彼が改造した車種は日産・マーチのような大衆車からメルセデス・ベンツのような高級車とレパートリーは幅広い。殆どの車が何らかの形でモディファイが加えられているが、かつては三台のメルセデス・ベンツを一台にまとめた「サンコイチ」のステーションワゴンを所有していた事もある。またバイクにも造詣が深く、それまでオッサンバイクのイメージが強かったビッグスクーターのボディをイエローにペイントし、カスタムパーツを取り付けるなど若者向けに改造し、現在のビッグスクーターブームの火付け役的存在にもなった。因みにエンジンのかける時の音で、その車種を当てる特技を持っている。

著書の中で格好良さという視点でスーパークロス日本初上陸を讃えるなど時代を先取りした発言も多い。余談だが、愛車を運転中ハンドルがスッポリと抜けてしまって大パニックになった事がある。運良くも大事故には繋がらなかったと言う。(所さんの日本ジツワ銀行より。月刊誌「デイトナ」では、4台所有しているアメ車のうちの1台と語っている。)ちなみに初めて所有した車はトヨタ・コロナであり、TV番組でお笑いグループのロバートたちに打ち明けると、彼らはかなり驚いていた。

その他の趣味

その他、ゴルフお茶スニーカーライタースカジャンTシャツエアガンフィギュアなど多数持っており、芸能界では寺門ジモンと並ぶコレクターとして知られる。自らの多趣味を組み合わせて楽しむ事が得意であり、ラジコンに可動関節フィギュアを載せて走らせたり、フィギュアに小道具と共にポーズを取らせて撮影した写真集を出版したりしている。服装にもこだわりを持ち、フライトジャケットなどを好んで着用している。また自らプロデュースしたレザーブランド「OTAGIRA」は大好評である。「OTAGIRA」を命名したのも本人である。ゴルフについては、「東西お笑い芸人ゴルフコンペ(非公開のプライベートコンペ、「東西お笑い名人会」とも)」では度々優勝している。練習熱心で、「飛ばし屋」である。そのスウィングは個性的だが、持ち前の運動神経と体力、鋭い感性、巧みなメンタルコントロールが強さの秘密であろう。ゴルフ理論にもこだわりがある。それが高じて2006年、革新的なゴルフクラブ・TxTパラレルハンマーアイアンをプロデュースし、大評判となっている。

オンキョーのX-A5GXかX-A7Xのどちらかは分からないがどちらかの品番のMDコンポを愛用している。スピーカーの品番は、D-022Aである。作った歌をMDに録音している。

世田谷ベース

地元である東京都世田谷区に、仕事場兼遊び場としてガレージ(通称:世田谷ベース)を建てている。その所らしいこだわりや特徴から、『所さんの世田谷ベース』をはじめ、所の番組収録がここで行われることも多い。所自ら耕している畑があり、知人の車の駐車スペースが確保されているほか、北野武ら友人たちの憩いの場にもなっている。その他、沖縄県に42000坪(東京ドーム3個分)の広さを持つ「沖縄ベース」を所有しており、敷地内にはゴルフ練習場やプライベートビーチがある。また、山梨県道志村には「道志ベース」が、山中湖には「山中湖ベース」があり、それぞれ特徴的な建物となっている。

他の人物との関係

植木等を尊敬し、「無責任男」のキャラクターと植木本人の人格に惚れ込んでおり、所は植木等のことを「お父さん」と呼んでいた。ドラマで父子役を演じたこともある。プライベートでも親交があり、植木の死後、彼の妻の意向により植木の愛車であったシーマを譲り受けている。(雑誌Daytonaの世田谷ベースの関連記事より)。その車内でクレージーキャッツの曲を聴きながら一日過ごすこともあるという。「植木さんみたいな大人になりたい」と語るなど趣味や生き方、芸風を含めて憧れの対象だった。

黒澤明とは映画『まあだだよ』で知り合ったが、黒澤は『どちら様も!!笑ってヨロシク』をはじめ所の番組を欠かさず観ていて、元々所の大ファンだった。演出に厳しい黒澤だが「君はそのままやってくれればいいよ」とほとんど指示を出さず、演技をべた褒めするなど、所のキャラクターに惚れ込んでいた。生前、黒澤の御殿場の別荘に招かれた所は「別荘から富士山がきれいに見えて得をした」と語っている。

赤塚不二夫タモリとは新人時代から長く交友がある。レコードデビューに際し、所はテレビ各局のオーディションを受けていたが、そこで演出家の滝大作の目に留まる。滝は赤塚の「面白グループ」の一員であり、そのつてで赤塚やタモリと出会う。所もタモリと同じく一時期、赤塚の家に居候していたことがあり、赤塚所有のベンツを乗り回していた。赤塚やタモリら「面白グループ」と毎晩のようにバカ騒ぎをし、所の結婚式を盛大に祝い、赤塚の思い付きで作った映画『下落合焼とりムービー』やテレビ番組にも共に出るなど公私隔たりのない親密な付き合いをしていた。赤塚は「一生バカを続けなよ」と所の歌への思いを伝えている。

アルフィーとは同い年ということもあり、『オールナイトニッポン』に桜井賢の父を元ネタにした「桜井の父」のコーナーを設けるなど、新人の頃から仲が良い。上記の「面白グループ」の一員でもある。特に坂崎幸之助と親交が厚く、所は坂崎のことを「こうちゃん」「坂崎コウノトリ」と呼んでいる。これに対して坂崎は「トコロ」と呼び捨てにすることが多い。アルフィーの売れない時代に自らの曲を自室で坂崎と二人でアレンジ・レコーディングしたり、『オールナイトニッポン』にレギュラーコーナーを持たせたり、挙句の果てには所がアルフィー入りを懇願したりしている。同じマンションをルームシェアしていた事もあった。近年、音楽のライブ活動をしようとしない所に対し坂崎は「俺が会場やスタッフや楽器の段取りするから。お前は来て歌うだけでいい」とまで言っている。所の楽曲作りにも協力しており、アルバムに多数サポート役として参加している。

漫画家秋本治と交友があり、『こちら葛飾区亀有公園前派出所』単行本の巻末(19巻)にコメントを寄せているほか、同作品のアニメのED『ブウェーのビヤビヤ』を歌っている。共に車好きでガンマニアでもあり、若い頃はサバイバルゲームをする等して遊んでいた。『オールナイトニッポン』出演中の所を秋本とそのスタッフがモデルガンで襲撃したこともある(26巻「クレイジーホースの巻」)。主役の両津勘吉が所の『まったくやる気がございません』を聴いていたり(30巻「建前パーティーの巻」)、看板に所自筆のアルバムの広告があったり(27巻「CHPの巻」)、所を「日本一アロハシャツの似合う男」として紹介する(100巻「アロハ天国の巻」)等している。

ビートたけしは毎週日曜、多い時は週4回ほど世田谷ベースに足繁く通う程の間柄であり、所が場をセッティング、所の奥さんが料理を作って出しており、たけしは「所の家おもしれーな。これなら姉ちゃんのいるとこ(キャバクラ)行かなくてすむな」とコメントする。また、たけしがTBS系列の『情報7days ニュースキャスター』「たけし編集長の週間実は…」で使った小道具を所の家に持っていくため、さすがの所も少し迷惑している様である。更にTxTパラレルハンマーアイアンの開発のきっかけもビートたけしである。たけしは所の勧めでフェラーリを購入、およそ25年ぶりに自らハンドルを握ることとなり、さらには所とフェラーリのオーナーズクラブ「フェラーリ持ってる会↑」を結成し会長を務めることとなった(それぞれのフェラーリ(所ジョージ黒の612、北野たけし赤の599)のエンブレムコマネチ!!のポーズ等のパロディとなっているものに変えられた)。その後、たけしの企画でフェラーリADACHIKU スバルR1 599仕様 フェラーリMINAMIURAWA スバルR2 612仕様が作られた。車両より高い改造費がかかっておりフェラーリと並べてもひけをとらない見た目になっている。たけしはこの一年で車を3台も買っている。ランボルギーニ ガヤルドとポルシェ979Kで世田谷ベースにおいてあり1台乗ってきては、乗り換えている。(DAYTONA)

明石家さんまとも親交があり、ゴルフで遊んだり、さんまが所の家に電話をかけてきた際にわざとしばらく出ないなど、微笑ましい付き合いをしている。また、さんまがこのまま独身で寂しい老後を過ごすことになった時の為にと、所の家にさんま用の部屋が用意してある。畳敷きでホーロー看板が飾ってあるなど、昭和レトロな内装になっている。

島田紳助は前述にもあるが所のリラックスした司会を羨ましがっている他、日本テレビ系列の『行列のできる法律相談所』内で度々所のものまねをしている。所が同番組にゲスト出演した際、紳助に「お笑いの中で一番オシャレな格好をしている」と評された(その後、「(自分は)お笑いなの?」と所が聞き返し、紳助が「ヒットした歌がないからお笑い」と返すやりとりがあった)。

志村けんは所の出身地である埼玉県所沢市の隣の東京都東村山市出身と言う事もあってか交友がある。現在飼っている犬は、志村からの贈り物である。『志村けんのバカ殿様』に出演した際には、『志村けんの唄』と『東村山ラプソディー』の2曲を披露。志村の『東村山音頭』に対抗し、所沢から見た真実の東村山を歌い上げた(「東村山 東京の外れ~!大外れ~!!」)。

林家正蔵(元こぶ平)を弟のように可愛がっており、その縁で同じ一門の林家ペーとその妻・パー子が所の番組に出る機会も多い。アルバム『僕の犬』に収録されている『海老名の穴』という曲は露骨にこぶ平をこき下ろすものであり、こぶ平本人と林家ペー・パー夫妻がコーラスで参加している。正蔵の座右の銘は所にもらった言葉である「何事もだいなしにする」。正蔵は所のことを「芸能界の父親、兄代わりの保護者的存在で、お笑いというジャンルを超えて哲学者として尊敬している」と語っている。

名字が同じである総合格闘家所英男に入場曲として、後にアルバム『安全第二』に収録される『逆境ファイター』と言う曲を提供している。『所萬遊記』の企画であったため、共演していたさまぁ〜ず中島知子もコーラスで参加している。東野幸治は一視聴者として番組内での所とさまぁ〜ずの良好な関係を羨ましがっていた。

大相撲の藤島親方(元武双山)とは番組のゲストに来て以来交流がある。バイク仲間でもあり、彼の断髪式にも参加している。尊敬する人物に所を挙げるV6三宅健に現役時代の武双山を紹介してから、三宅は大の大相撲ファンになった。

作品

ディスコグラフィー(シングル)

キャニオンレコード
  • 「ギャンブル狂騒曲」(1977)
  • 「ムーン・ナイト・セレナーデ (月光夜曲)」(1977)
  • 「夢見るジョンジョロリン」(1978)
  • 「いい加減にしろよ」(1978)
  • 「Do!Do!Do!」(1979)
  • TOKYOナイト&デイ」(1979)
  • 「寿司屋 (所ジョージの曲)」(1979)
  • 「ほんとうにいい気持ち」(1980)
  • 「ご心配なく」(1980)
  • 「正男という名で小学生」(1980)
  • 「君と二人で」(1981)
  • 「まったくやる気がございません」(1981)
  • 「銀座アンノン娘」(1982)
  • 明石家さんまさんに聞いてみないとネ」(明石家さんま&所ジョージ名義)(1999) オリコン30位
エピックレコード
  • 「私の名前で出ています」(1984)
  • I've got a すんごいですね ROCK'N ROLL HEART」 (1984)
  • 正気の沙汰でないと」(1984)
  • 「恋のバックファイヤー」(1984)
  • 「LAST NUMBER」(1986)
  • 「白いTシャツ」(1986)
  • 「ブルーライトチャイナタウン」(1987)
  • 「故郷」(1988)
  • 「世田谷のアラブ人」(1989)
  • 「春一番の前」(1990)
パイオニアLDC
  • 「真っ暗な夜に」(ビートたけしと組んだT's名義)(1991) オリコン42位
バップ

ディスコグラフィー(オリジナルアルバム)

キャニオン・レコード

  • ジョージ・ファースト 現金に手を出せ!!(1977.12) オリコン33位
  • ジョージのセロリ・パセリ(1978.6) オリコン64位
  • 成りさがり 大学ぐらいは出たかった(1979.4) オリコン76位
  • LIVE 追跡(1979.4)
  • REVENGE OF HONG KONG 〜ホング・コングの逆襲(1979.7)
  • みんな不良少年だった(1980.11)
  • FUEL ALBUM(1981.8)
    • 以上の作品は、2009年2月18日に紙ジャケット、限定生産でCDで再発された。

EPICソニー

  • PILE DRIVER(1983.3)
  • FROM TOKOROZAWA WITH LOVE 〜所沢より愛をこめて(1984
  • BLUE LIGHT CHINATOWN(1987.7)
  • HEAVY LIGHT(1988.9)
  • NIGHT OF COYOTE 〜コヨーテの夜(1989.10)
  • ホテル・チャイナタウン(1991.1)

VAP

avex

  • 安全第二(2006.7) 初回限定版はTシャツ付き
  • コケコッコゥ!!〜七色の声色〜(2010.3)

ディスコグラフィー(ベスト盤)

キャニオン・レコード

EPICソニー

  • 所ジョージ史上最大全集しょのいち

バップ

  • 20周年カニバーサミー(1997.7)
  • 20周年カニバーサミー2(1997.12)
  • シングル大全集 NOW AND THEN(1999.7)

他のミュージシャンへの楽曲提供

未発売曲

所の曲には、テレビでのみ披露されただけの未発売曲が多数にあるが、下記するの曲は曲名が定まっている楽曲のみ。

  • 志村けんの唄
    • 志村けんのバカ殿様」で披露された楽曲。タイトルにある様に志村けんについて歌っているかと思いきやいかりや長介をこき下ろす内容の歌で、エンディングで放送禁止用語が入っている。
  • 東村山ラプソディー
    • 「志村けんのバカ殿様」で、上記の「志村けんの唄」の後に披露された曲、「「東村山の歌」(「東村山音頭」の事で、所が曲名を忘れていた。)は、良い事ばっかり言ってるから真実を歌わないと」と言う趣旨で作ったと言う。
  • ちんこ馬子唄

著書

  • 所ジョージの私ならこうします―世直し改造計画
  • 所ジョージのハレハレ青春口座
  • 所ジョージのハッタリぶぁいく術―口先とヘッドワークでバイクライフを楽しむ本!
  • 所ジョージの俺に訊け
  • 所ジョージの店頭販売
  • 所ジョージの我思うところに所あり
  • 所ジョージのためになる昔話
  • 所ジョージさんの頭がパァ~。
  • 所さんの目がテン!―知っているとエライ!所ジョージのこだわり科学
  • 所さんの目がテン!(2)
  • 所さんの目がテン!(3)
  • 所さんのランチボックス
  • 所さんのまもるもせめるもアクアク大冒険
  • 所さんのハッタリ大放送―とっても役立つムダ
  • 所さんの新亭主論―幸せのルール・ブック
  • 所さんの私はクジラ 無駄がない
  • 所さんにまかせなさい
  • トコロさんの新昔ばなし(頭蓋骨骨盤篇)
  • トコちゃんのコトパロジー 国語、算数、イカ、シャケ、貝。
  • トコちゃんのフロム・ティー
  • トコちゃんの人生楽ありゃ楽もある(昔ばなし教訓編)
  • ウサギとカメとトコちゃん
  • トコロンブスのタマゴ―トコちゃんの言われてみればそのとおり
  • トコちゃんの新調・昔ばなし(ヒーロー回転ループ・スペクタクル編)
  • むかしむかし、あるトコちゃん。―トコちゃんの日本昔ばなし・その後
  • マッチ売りのトコちゃん
  • 牛若トコロ丸
  • 投稿四字列語
  • アタマ八分目、ココロ八分目
  • さめたカツ丼はどこだ・・・!!
  • 日々、これ口実
  • 末端価格で出ています―所ジョージの読み切りTV
  • 弁当はどこだ・・・!!―January‐March
  • スんゴイですねェ〜―Shonen big comic books
  • 電話のいたずら
  • 花咲かじいさんの恩返し―トコロ流昔話
  • No.1の幸せ―幸せには理由(わけ)があってなんとなく幸せなわけがない話
  • テラシマくんはカンガルウ
  • 所ジョージ大全集
  • 新亭主論―ずっと一緒に暮らしたい
  • 買いたい新書―選ばれし民、かく生き、かく暮らすの記
  • 元祖・所ジョージさんの 頭悪いんじゃないの?
  • 新幹線はでかい!
  • マグロ君は海産物
  • まちがってる〜―今世紀最後の「偉大なるボツ」
  • テラシマくんのやさしい失敗
  • はたらくテラシマくん
  • ザ・原宿―Harajuku徹底guide
  • 私はまっかなプロデューサー―所ジョージさん書き下し天才シナリオ集(Vol.1)

ゲームソフト

現在の出演番組

レギュラー番組

単発・不定期番組

ラジオ番組

過去の出演番組

日本テレビ系列

TBS系列

フジテレビ系列

テレビ朝日系列

テレビ東京系列

テレビドラマ

声の出演

ラジオ

映画

CM

多くの企業のCMに出演している。「CM大王」の異名も。

脚注

  1. ^ MUSIC HAMMER オリジナルサウンドトラック

外部リンク


所ジョージ

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