歌舞伎町についての最新情報、関連する画像や動画を紹介。(出典:Wikipedia)

こんなキーワードで検索されてます

こんなキーワードで検索されてます

日本 > 東京都 > 新宿区 > 歌舞伎町
夜の歌舞伎町一番街。この時間がこの街の「本番」。
夜の歌舞伎町一番街。この時間がこの街の「本番」。
靖国通りから見た夜の歌舞伎町セントラルロード
靖国通りから見た夜の歌舞伎町セントラルロード

歌舞伎町かぶきちょう)は、東京都新宿区にある町名。飲食店・遊技施設・映画館が集中する歓楽街

目次

概観

歌舞伎町は、明治通り(東)、靖国通り(南)、JR中央線(西)、職安通り(北)に囲まれた範囲(ただし花園神社の敷地とその南北の一画は除く)に位置する町である。鉄道の場合、新宿駅東口、あるいは西武新宿駅が最寄り。都営地下鉄大江戸線なら新宿西口駅東新宿駅が近い。新宿駅東口から北に向かって行くと、ドン・キホーテ本店前の大きな通り(靖国通り)にぶつかる。これを越えると、歌舞伎町である。歌舞伎町一番街(劇場通り)、さくら通り、西武新宿通り、東通り、区役所通りなどがある。西武新宿駅で降りれば目の前が歌舞伎町になる。

町の中には、新宿コマ劇場映画館漫画喫茶居酒屋キャバクラ風俗店ホストクラブラブホテルパチンコ店も立ち並んでおり、「眠らない街」とも言われ、深夜になってもネオンで明るく人通りも多い。ドン・キホーテ前、セントラルロードに多いスカウトホストによるキャッチ、怪しげな客引きやポン引きなど、合法非合法取り混ぜて歌舞伎町独特の雰囲気がある。よく東洋一の歓楽街と言われている。

コマ劇場付近は中心の広場を複数の映画館が囲む形になっていたが、2008年以降閉鎖する映画館が相次ぎ、現在残っているのは、西側の東急レクリエーション系の映画館のみである。

各地域の特徴

中心部にある広場
中心部にある広場

歌舞伎町には一丁目と二丁目があり、概ね花道通りを境にした南と西武新宿駅周辺の一画が歌舞伎町一丁目、北が歌舞伎町二丁目である。

歌舞伎町一丁目
西寄りにコマ劇場新宿プラザミラノ座などの映画館が並ぶ一角がある。東の方へ向かうと新宿区役所があり、区役所通りを渡ると新宿ゴールデン街がある。裏通りには飲食店や性風俗店、アダルトショップなどが密集している。西武新宿駅ビルの複合ショッピング店舗のほか、近年、大手ディスカウントチェーンが進出したが、靖国通りを隔てた新宿三丁目に比べ物販店は少ない。
歌舞伎町二丁目
西寄りに都立大久保病院・ハイジア、東側にはラブホテル街が広がり、区役所通り付近はクラブ、ホストクラブなどが多数あるが、一丁目と違い表立って性風俗店は見当たらず、町の北と東に面した大通り沿いはオフィスビルやマンションが建ち並び、繁華街・歓楽地の様相は全く感じさせない。北側の職安通り沿いには通りの名前になったハローワーク新宿の歌舞伎町庁舎(主に雇用者側の求人などの受付窓口で、雇用保険の失業等給付や求職相談は西新宿庁舎で行う)があるほか、大久保コリアタウンに接していることもあり、韓国料理店や食品スーパーなどがある。

地域内の通り

区役所通り

歌舞伎町内を南北に走る新宿区の区道。全長約500メートルの片側1車線の通りである。北で職安通り、南で靖国通りと面する。その名の通り、区役所通り沿いには新宿区役所があるほか、風俗店・飲食店が多く並んでいることで知られている。他に道路沿いには新宿バッティングセンター稲荷鬼王神社がある。この通りは夜になると暗くなり治安が悪くなるイメージをもたれていたが、これを改善すべく2006年より新宿区や地元の商店会などによって冬季の期間限定で街路樹イルミネーションが実施されるようになった[1]。また1996年までは日中の時間帯は都営バス宿74系統(往路のみ)もこの通りを走っていた。(現在は廃止)当通りには新宿区役所前、同愛病院前(1982年までに廃止)、鬼王神社前のバス停があった。

歴史

大部分は新宿区発足前には旧淀橋区に属した地域(三光町は旧四谷区、角筈一丁目の一部も淀橋区発足までは旧四谷区)である。元々は「大久保」の名の由来となる窪地の湿地帯と長崎藩邸があったところで、明治以降は鴨場となっていた。1893年淀橋浄水場建設に伴い、残土で鴨場の池が埋め立てられ、造成される。1920年には東京府立第五女学校(現在の東京都立富士高等学校)がこの地に開校。学校を取り巻く周囲は閑静な山の手の住宅街として大臣軍人の邸宅もあり発展していった。

1945年東京大空襲で一面焼け野原となったが、第二次大戦、「(現在の歌舞伎町一番街付近に)歌舞伎の演舞場を建設し、これを中核として芸能施設を集め、新東京の最も健全な家庭センターを建設する」という復興事業案がまとめられ、この都市計画から、新しい町は歌舞伎町と名付けられた。結局、財政の面などからこの構想は実現せず、新宿コマ劇場が建設されるにとどまったものの、歌舞伎町は東京でいち早く戦災復興を成し遂げ、「全首都復興の月桂冠」と讃えられた。その主役となったのは在日華僑たちであり、博覧会会場として利用されなかった空き地を資金を出し合って買い、現在の隆盛の一翼を担ったのは有名である。その一人にヒューマックスの創始者である林以文がいる。キャバレーの経営者にすぎなかった彼の成功物語は神話となっている。

1952年には西武新宿駅が開業。西武新宿線新宿駅東口に乗り入れる計画であり、当初は床が板張りの仮駅であった。1977年には現在の西武新宿駅駅ビルが完成し、新宿プリンスホテルと西武新宿ペペが営業を開始した。バブル期に新宿駅東口乗り入れ計画が再び浮上したものの、歌舞伎町商店街振興組合や新宿サブナード(新宿地下駐車場株式会社)等が反対。バブル崩壊の影響もあり結局実現しなかった。現在一日約18万5,000人の乗降客があるターミナル駅として機能している。

現在では様相はさらに変容し、3,000軒を数えるバーキャバレーラブホテルなどが密集し、「欲望の迷宮都市」「外国人労働者の新租界」等とも評されている。歌舞伎町は世界でも有数の夜の盛り場に数えられていて、近年では、中国韓国からの観光ツアー客も多く、昼間はよくツアーコンダクターが導く姿が見かけられる。西新宿のオフィス街や出張サラリーマンの息抜き、学生コンパなどの格好の場となっている。

沿革

歌舞伎町は、第二次大戦の戦災復興の時期に誕生した。

  • 1948年4月1日 - 歌舞伎町(現在のように丁目はなく番地と号数のみのいわゆる一町画)として起立。
    角筈(つのはず)一丁目の北東部とその周辺、百人町一丁目・西大久保一丁目(東大久保三丁目)・三光町の境界付近を区画整備し、当時の歌舞伎町の範囲は、おおむね現在の歌舞伎町一丁目(西側の鉄道敷設部分とその沿線および区役所通りより東をそれぞれ除く)に相当する。
  • 1950年2月1日 - 淀橋区役所内郵便局が歌舞伎町へ移転し、新宿区役所内郵便局へ改称する[2]
  • 1951年12月6日 - 戦災復興土地区割整理地区の新宿地区として指定される[3]
  • 1952年3月25日 - 西武新宿駅が開業。
  • 1966年10月14日 - 個室付浴場業設置の規制地域外となる[4]
  • 1978年7月1日 - 住居表示実施に伴い町名町域が変更され、歌舞伎町一丁目および歌舞伎町二丁目を新設する[5]
  • 1989年4月17日 - 新宿大久保一郵便局が、歌舞伎町二丁目へ移転する[6]
  • 1990年1月1日 - 新宿大久保一郵便局が、新宿歌舞伎町郵便局へ改称する[7]

町名の変遷

実施後実施年月日実施前
歌舞伎町一丁目1978年7月1日歌舞伎町、三光町の一部、百人町一丁目の一部、東大久保三丁目、角筈一丁目、角筈二丁目、柏木一丁目、新宿三丁目の一部
歌舞伎町二丁目西大久保一丁目の一部

治安など

昼間の歌舞伎町一番街の入り口。昼間も、当地所在のオフィスや映画館などで人も多く別の顔を持つ。
昼間の歌舞伎町一番街の入り口。昼間も、当地所在のオフィスや映画館などで人も多く別の顔を持つ。

2000年代に入ってからは安全条例の制定や、パトロールの強化など、取締まりも厳しくされ、2002年2月には50台の防犯カメラが設置されて話題を呼んだ。実際犯罪がかなり減少し、効果が見られたとされている。同様の理由から大阪市中央区アメリカ村では77台もの監視カメラが設置され、同じく成果をあげている。

2001年9月1日に起こった歌舞伎町ビル火災は、死者44人を出し、防災人権などの問題とともに、マスコミや世論を大変にぎわせた。

歌舞伎町の中には、歌舞伎町を縄張りに収める指定暴力団住吉会住吉一家向後睦会およびその他の組織も含め約120箇所の暴力団事務所拠点があり、1000人の構成員が居るといわれている(※120箇所~以降の根拠は2004年1月19日竹花東京都副知事発言・歌舞伎町住民との懇談会)。

歌舞伎町における不法滞在外国人組織犯罪も多かったが、これは2003年に入国管理局の出張所を歌舞伎町に置くことにより不法滞在者の摘発が進み、大幅に減少した(それ以前、2002年の入管特別集中摘発資料によれば、不法滞在摘発者は主に韓国中国タイロシアが75.6%を占め、13か国に上った)。 (編集者のノート:でも、どうしてこの番は大事ですか?)

2004年暮れに東京都知事石原慎太郎の招聘で就任した警察庁出身の副知事竹花豊の主導により「歌舞伎町浄化作戦」と称される大規模な店舗の摘発が行われた。この際に非合法な性風俗産業を行う風俗店・アダルトショップなどで閉店を余儀なくされた店が多く、2005年に竹花が出向解除により警察庁へ復帰して以降も、警察の威信をかけた重点摘発が続けられている。また水面下では以前から討議されていたものの、2004年後半には大規模再開発と暴力団追放等を目的とした「歌舞伎町ルネッサンス」計画の第一回会議が公開の場で開かれる。2005年4月には都条例の改正(通称・客引き禁止条例)が施行された。まだ「歌舞伎町ルネッサンス」計画は序章ではあるが、先日開始を宣言するイベントも行われ、街は大きく変わろうとしている。

歌舞伎町を舞台にした作品

ノンフィクション

  • わたしはいくら?(武内晃一)出版社: 早稲田出版
  • ネバー・ギブ・アップ(著作・miho 構成・隆青)出版社: 日本文芸社
  • 歌舞伎町午前零時/女衒の夜(武内晃一)出版社: 河出書房新社
  • 歌舞伎町ネゴシエーター(影野臣直)出版社: 河出書房新社
  • 歌舞伎町の住人たち(李小牧)出版社: 河出書房新社
  • 歌舞伎町案内人(著作・李小牧 編集・根本直樹)角川書店
  • 新宿歌舞伎町交番(著作・久保博司)講談社
  • 歌舞伎町と死闘した男 続・新宿歌舞伎町交番(著作・久保博司)講談社

小説

漫画

その他書籍

  • 歌舞伎町の黒幕(ミリオン出版)
  • 実録不夜城(ワニマガジン社)

映画

  • 歌舞伎町案内人(監督:張加貝)
  • 不夜城(監督:リー・チーガイ)
  • 武勇伝(主演:澤田謙也、魔裟斗)
  • 新宿インシデント(主演:ジャッキー・チェン)

音楽

ゲーム

ドラマ

関連項目

脚注

[ヘルプ]
{{#tag:references||group=}}

商店街等のページ



こんなキーワードで検索されてます