白川 (熊本県)についての最新情報、関連する画像や動画を紹介。(出典:Wikipedia)

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白川
画像:Shirakawa-river from shin-yotsugi-bridge 1.jpg
白川 熊本市新代継橋から下流方
水系一級水系 白川
種別一級河川
延長74 km
水源の標高1,433 m
平均流量25.39 /s
流域面積480 km²
水源根子岳(熊本県)
河口(合流先)有明海(熊本県)
流域熊本県
各項目について

白川(しらかわ)は、熊本県中北部を流れる一級河川一級水系白川の本流である。水源は環境省により、名水百選に指定されている。

目次

地理

阿蘇山根子岳(標高1,433m)に発し、阿蘇山カルデラの南部「南郷谷」を西流。立野(南阿蘇村)で、カルデラの北側「阿蘇谷」を流れる支流の黒川と合流する。急流の多い上中流域を抜けると、熊本市市街部を南北に分けて貫流し、有明海に注ぐ。河口部では加藤清正以来の干拓が行われる。

歴史

加藤清正による河川改修

最初に大規模な河川改修を行ったのは加藤清正である。肥後入国後に自ら船に乗り、何度も白川を往復して検分したと伝えられている。流域全体に様々な治水対策が行われ、一部は現在も生かされている。

  • 治水工事
    • 鹿漬堰(しつけぜき)- 鹿漬堰(しつけぜき)- 黒川との合流地点に設けられた堰。白川の流速を速め、黒川の流速を遅くするために設けられた。
    • 石刎(いしばね)- 川岸から中央に向かって突き出した石堤。堤防を保護するために流速を下げることを狙ったもので、流域各所に設けられていた。
  • 城下町付近の流路変更 - 諸説あるが、かつての白川は現在の子飼橋~代継橋付近で大きく蛇行し、現在の熊本市役所付近で坪井川が合流、それから現在の坪井川の流路を通り、現在の長六橋付近で現在の流路となっていた。清正は治水及び熊本城の防衛のために新たに河道を開削し、城下町の南端で合流するようにした。熊本城の防衛上の意味というのは、白川を外堀、坪井川を内堀に見立てるというものである。このため、熊本城には水堀が1つしかない。

6・26水害

1953年(昭和28年)6月26日、梅雨前線による集中豪雨で白川が氾濫し熊本市の広い範囲が床上浸水、またその2ヶ月前に阿蘇山が噴火していたことで大量の泥(火山灰)が市街地へ流入した。この白川流域の水害についてを「白川大水害」、または日付から「6・26水害」と呼ぶ。熊本のほか福岡・佐賀などでも大きな被害をもたらしたこれらの水害の詳細は昭和28年西日本水害を参照。

流域の自治体

熊本県
阿蘇郡高森町南阿蘇村菊池郡大津町菊陽町熊本市

支流・用水路

  • 黒川 - 阿蘇山カルデラの北側を流れる支流。
  • 堀川 - 大津町瀬田の瀬田堰より取水。
  • 小野田井手 - 阿蘇市一の宮町
  • 馬場楠井手(鼻ぐり井手) - 菊陽町馬場楠堰より取水。鼻ぐりと呼ばれる火山灰対策技術がある。
  • 大井手(一の井手・二の井手・三の井手)- 熊本市渡鹿の渡鹿堰より取水。

並行する交通

鉄道

画像:Tateno-bridge scenery seen from train.jpg
南阿蘇鉄道第一白川橋梁から上流を見る
JR豊肥本線第一白川橋梁から上流を見る奥の橋は新世安橋
JR豊肥本線第一白川橋梁から上流を見る
奥の橋は新世安橋
河口付近国道501号小島橋から見る
河口付近
国道501号小島橋から見る

道路

流域の観光地

周辺の施設

橋梁

関連項目

参考資料

  • 『加藤清正の川づくり・まちづくり』加藤清正土木事業とりまとめ委員会(建設省熊本工事事務所)1995年11月
  • 『市史研究くまもと第7号』熊本市史編纂委員会(熊本市)1996年3月 ISSN 0918-0168
  • 『加藤清正 築城と治水』坂本喜杏(冨山房インターナショナル)2006年5月
  • 『熊本県文化財調査報告・第六○集 熊本県歴史の道調査-薩摩街道-』熊本県文化財保護協会 1983年3月

外部リンク

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