ノルウェーについての最新情報、関連する画像や動画を紹介。(出典:Wikipedia)

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ノルウェー王国
Kongeriket Norge(ブークモール)
Kongeriket Noreg(ニーノシュク)
ノルウェーの国旗ノルウェーの国章
国旗ノルウェーの国章
国の標語 : なし 王のモットー:Alt for Norge
(ノルウェー語: 万事、ノルウェーのために)
国歌 : われらこの国を愛す
ノルウェーの位置
公用語ノルウェー語ブークモールニーノシュク¹
首都オスロ
最大の都市オスロ
政府
国王ハーラル5世
ノルウェーの首相イェンス・ストルテンベルグ
面積
総計385,155km²66位
水面積率6.0%
人口
総計(2008年4,812,000人(114位[1]
人口密度12.3人/km²
GDP(自国通貨表示)
合計(2008年2兆5,378億[2]ノルウェー・クローネ
GDPMER
合計(2008年4,562億[2]ドル(23位
GDPPPP
合計(2008年2,565億[2]ドル(39位
1人当り53,450[2]ドル
独立
 - 宣言
 - 承認
スウェーデンより分離
1905年 6月7日
1905年10月26日
通貨ノルウェー・クローネNOK
時間帯UTC +1(DST: +2)
ISO 3166-1NO / NOR
ccTLD.no
国際電話番号47
註1 : 6地区では、さらにサーメ語も公用語。

ノルウェー王国(ノルウェーおうこく)、通称ノルウェー(諾威)は、スカンディナヴィア半島の西岸にある北ヨーロッパ国家である。首都オスロ

東にスウェーデンロシアフィンランドと国境を接する。国土は南北に細長く、海岸線は北大西洋の複数の海域、すなわちスカゲラック海峡北海ノルウェー海およびバレンツ海に面している。海岸線には、多くのフィヨルドが発達する。

このほか、ノルウェー本土から約1,000km離れた北大西洋上のヤン・マイエン島は固有の領土の一部として領有され、また、スヴァールバル条約によりバレンツ海スヴァールバル諸島を領有している。南大西洋ブーベ島を属領として持つ。

さらに南極大陸クイーン・モード・ランドおよび南太平洋ペーター1世島の領有を主張しているが、両者は南極条約により領有権は凍結されている。ノルウェーとロシアの間でバレンツ海における領海の境界線の合意が得られていないことにより、当面の間両国によって共管される、グローソネンと呼ばれる海域がある。

面積は日本より若干広く、スヴァールバル諸島などを含めて約384,269km²となる。

目次

国名

正式名称はノルウェー語のブークモール (bokmål) では Kongeriket Norge、ニーノシュク (nynorsk) では Kongeriket Noreg

英語による表記は Kingdom of Norway。通称 Norway。形容詞はNorwegian(ノォーウィージェン/ノルウェジアン)。

日本語による表記はノルウェー王国。通称はノルウェー。漢字では諾威と表記し、と略す。

歴史

詳細は「ノルウェーの歴史」を参照

考古学上の発見の示すところによると、ノルウェーには約12,000年前には人が住んでいた。彼らはおそらくもっと南の地域、ドイツ北部からやって来て、海岸線に沿ってさらに北上したと考えられている。

9世紀から11世紀までのヴァイキング時代が国家形成の統一運動及び拡大の元となった。黒死病などによりノルウェー王家1387年に途絶えデンマーク配下となり、1450年より条約により従属化され、1536年には正式に独立を失った(デンマーク=ノルウェー)。デンマークがナポレオン1世側に付いた後の1814年スウェーデンに引き渡された。ノルウェー人はこの時、独立を願ったが、列強の反対により実現できなかった。1818年にスウェーデンでは、ベルナドッテ王朝が始まり、スウェーデン王国との同君連合スウェーデン=ノルウェー)が開始された。

20世紀初頭、ノルウェー=スウェーデンの連合を解消し、オスロに政府を設立しようと言う運動が高まり、1905年にノルウェー側からデンマークのカール王子に打診があった。その後、国民投票により君主国家を設立、議会は満場一致でカール王子をノルウェー王として選出した。彼は独立したノルウェーでホーコン7世として即位した。スウェーデン政府はこの決定に反発し、一時騒然となったが、オスカル2世と社民党政府の国民への説得により、ノルウェーの独立が認められた。

ノルウェーは第一次世界大戦では中立国だったが、第二次世界大戦ではドイツによる侵略を受け、非同盟政策に疑問を抱くようになり、集団安全保障国家となった。また、1945年7月6日には対日宣戦布告するが、ついに戦火を交える事はなかった。ノルウェーは国際連合設立メンバーである。北大西洋条約 (NATO) に1949年に調印した。ノルウェーでは1972年1994年の2度欧州連合への加盟に関する投票が行われたが、二度とも否決され、現在も欧州自由貿易連合 (EFTA) のメンバーに留まっている。

政治

詳細は「ノルウェーの政治」を参照

ノルウェー議会議事堂
ノルウェー議会議事堂

ノルウェーは議会制度を持つ立憲君主制による政治を行っている。国王の役割は、主に儀式や式典などに限られるが、国の象徴として国民意識の統一に重要な役割を果たしている。1814年の法律で国王には、議会または首相を含む内閣は国王により任命される、という重要な執行権が与えられたが、殆どの場合は議会が王の名の下に行っている。1884年には議院内閣制が成立し、内閣の発足には議会の承認が必要となった。これにより、国王による任命は事実上形式だけのものとなった。

ノルウェー議会(ストーティング)は二院制169名の議員から成る。議員は19の州から4年に1度、複雑な比例代表制の選挙で選ばれる。選挙の後、議員たちは2つの議会ウーデルスティング(下院127名)とラーグティング(上院42名)に分けられ、以後、次の選挙までは二院制として立法について議論を行う。しかし選挙は同時に混成して行われる。

なおノルウェー議会はノーベル平和賞の受賞者を決定することで世界的に有名である。

憲法

5月17日の憲法記念日のパレードで、ノルウェー国旗を持って行進するボーイスカウトたち
5月17日の憲法記念日のパレードで、ノルウェー国旗を持って行進するボーイスカウトたち

1814年5月17日にエイズヴォル会議にて調印されたノルウェー憲法は、ノルウェーを絶対君主制から民主的な立憲君主制へと変化させた。1814年憲法は言論の自由(100条)、法治主義(96、97、99条)などの権利を与えた。主要な憲法改正には次のようなものがある:

  • 1814年11月4日: スウェーデン王と同君連合を形成するために再制定された。
  • 1851年: ユダヤ人の入国禁止条項を撤廃した。
  • 1884年: 議院内閣制が発足し、内閣が議会の過半数の反対があった場合存続できないこととされ(不信任が存在しないことであり、支持の表明である必要はない)、国王による任命は形式的手続きとすることが定められた。この議会制原則は憲法における慣例であり、憲法の条項として明記されたものではない。全ての新法の承認、全ての政府の組閣は法的に (de jure) は王によってなされるが、事実上 (de facto) はそうではない。現在の議会 (Storting) 以前に、2つの憲法改正の提案がある、すなわち、議会が現在のシステムを憲法の条項として明記するか、現在のシステムを修正して内閣が、動議によって、現在の議会の支持表明を必要とするようにするか、の2つである。
  • 1887年: イエズス会修道会の禁止が撤廃された。
  • 1898年: 男性の普通選挙権が確立された。
  • 1905年: スウェーデンとの連合が解消された。
  • 1913年: 普通選挙権が確立された。
  • 1956年: 宗教の自由が公認された。
  • 2004年: 表現の自由についての新しい条項、旧100条を置き換え。

国防

ノルウェー軍は陸海空および郷土防衛隊の4軍からなる。徴兵制が敷かれており(19歳から44歳までの男子:兵役期間は12 - 15ヵ月。女子は一律に免除されている)、良心的兵役拒否によって、代替役務として社会奉仕活動を選択することが可能。

地方行政区分

詳細は「ノルウェーの県」を参照

ノルウェーは、19のfylker(単数形:fylke)と呼ばれる県に分かれ、それぞれ番号付けされている。かつて県の地位にあったベルゲンが1973年にホルダラン県に編入されたため、13番は空き番号である。県の下に431のkommuner(単数形:kommune)と呼ばれる基礎自治体がある2層制になっている。首都オスロは県であり基礎自治体でもある。

ノルウェーの県
  1. エストフォル県 (Østfold)
  2. アーケシュフース県 (Akershus)
  3. オスロ (Oslo)
  4. ヘードマルク県 (Hedmark)
  5. オップラン県 (Oppland)
  6. ブスケルー県 (Buskerud)
  7. ヴェストフォル県 (Vestfold)
  8. テレマルク県 (Telemark)
  9. アウスト・アグデル県 (Aust-Agder)
  10. ヴェスト・アグデル県 (Vest-Agder)
  11. ローガラン県 (Rogaland)
  12. ホルダラン県 (Hordaland)
  13. (空き番号)
  14. ソグン・オ・フョーラネ県 (Sogn og Fjordane)
  15. ムーレ・オ・ロムスダール県 (Møre og Romsdal)
  16. ソール・トロンデラーグ県 (Sør-Trøndelag)
  17. ヌール・トロンデラーグ県 (Nord-Trøndelag)
  18. ヌールラン県 (Nordland)
  19. トロムス県 (Troms)
  20. フィンマルク県 (Finnmark)

地理

ノルウェーの地図
ノルウェーの地図

スカンディナヴィア半島の西岸に位置し国土面積は日本とほぼ同じで約7300km²(熊本県程度)だけノルウェーの方が広い。北極海およびノルウェー海に面し、海岸にはフィヨルドが発達している。国土は北緯57度以上という高緯度地帯に位置しているが、北大西洋海流の分枝である暖流ノルウェー海流の影響により、冬でも不凍港であるほど温暖である。この為、バルト海沿岸よりもノルウェー北部は穏やかな気候となっている。また、陸地の殆どをスカンディナヴィア山脈が占める為、平地は無いに等しい。最高所はヨーツンハイム山地にあるガルフピッゲンであり、標高は2469m。

経済

ノルウェーは世界第6の原油輸出国であり、原油はノルウェーの輸出の35%(1999年)を占める。北海における石油採掘は国有割合の高い企業(例えばスタトイルハイドロ社では発行株式の8割以上を国が保有)によって行われており、福祉国家ノルウェーの財政に大きく寄与している。さらに将来の石油・天然ガスの枯渇に備えて、原油売上による収益は原則として(2006年度予算では74%、2571億クローネ)ノルウェー政府年金基金として積み立てられ(2006年1月に従来の石油基金と年金基金が統合改組)、国際的な金融市場に投資されている。国家財政収支は石油以外の歳入だけで均衡するよう、歳出抑制策を実施しているが、なお石油基金からの繰り入れが大きな割合を占めている(2006年度予算では歳入9339億クローネ、うち石油から3483億クローネ、石油以外から5856億クローネ、歳出は6768億クローネ)。

水資源が多く水力発電量も活発に行われており。漁業、林業、鉱業も盛んである。漁業では特にノルウェーサーモン(アトランティックサーモン)大西洋サバが日本に多く輸出されている。漁業文化が日本と似ており捕鯨推進国の一つ。そのほか、牧畜などが行われている。

コンクリート技術も非常に発達しており、新しい材料技術が次から次へと誕生している。

世界最大の特殊船舶の製造会社のAker Kvaerner社、世界4大船級協会のひとつであるデット・ノルスケ・ベリタス社、舶用通信機のNERA社、ソナーのSIMRAD社、潜水艇のArgus社、マリンファッションのHelly Hansenなど、海運や北海油田に関連する産業が盛んである。ウェブブラウザのOperaを作っているオペラ社もノルウェーの企業である。

ノルウェー中央銀行中央銀行として、金融システムの安定や物価の安定を目指しているほか、別部門のNorges Bank Investment Managementがノルウェー政府年金基金の運用を行っている。

社会

1人当たりのGDPや平均寿命、就学率、成人識字率ともに世界的に高く、「人間開発指数(HDI)」で、世界トップクラスに位置している(2006年度1位)[3]

また世界で最も男女平等の国としても知られ、男女間の機会均等、社会参加、利益などでも男女の差がなく、社会的要素の利益が男女の垣根なくいかに自由で平等に行き渡っているかを数値化したGDI、男女間の機会均等と社会参加の程度をあらわすGEMどちらも世界一である。一方で、徴兵制は男性だけの義務となっている。

国民

民族構成(ノルウェー)
ノルウェー人
  
93%
その他
  
7%

住民は、ゲルマン系のノルウェー人がほとんどで92.7%を占める。その他スウェーデン系0.7%、デンマーク系0.6%、他に少数民族のサーミ人約2万人がいる。残りは移民でありその内訳はユーゴスラビア0.5%、イギリス0.3%、アメリカ0.2%、ドイツ0.2%、イラク0.2%、パキスタン0.2%、ソマリア0.1%、フィンランド0.1%、イラン0.1%、その他3.7%となっている。

言語

公用語は、ノルウェー語である。ノルウェー語には、ブークモール(書物の言葉)およびニーノシュク(新しいノルウェー語)の2種類がある。どちらも公用語であるが、9割近くがブークモールである。公式にはニーノシュクの使用人口が1割以上居ることになっているが、実態は各地のランスモール(土着の言葉)の話者である。

他にサーミ人がサーメ語を使っている。サーミ語人口は2万人程度である。カラショーク (Kárášjohka-Karasjok) 、カウトケイノ (Guovdageaidnu-Kautokeino) 、ネッセビィ (Unjárga-Nesseby) 、ポルサンゲル (Porsanger) 、ターナ (Deatnu-Tana) 、コーフョルド (Gáivuotna-Kåfjord) といったサーメ人が多く居住する地区では、サーメ語も公用語である。

また、ノルウェーでは英語のテレビ番組が放送されていることもあり、(特に大都市圏では)多くの国民が英語に明るい。

宗教

プロテスタントルーテル教会が国教であり、国教ノルウェー教会の所属が84.9%を占めている(2006年現在)。他のプロテスタントやローマ・カトリック等の団体所属は4.7%、キリスト教以外の宗教は1.9%、人生哲学団体に所属する人の割合は1.7%である[4]

文化

世界遺産

ノルウェー国内には、ユネスコ世界遺産リストに登録された文化遺産が6件、自然遺産が1件ある。詳細は、ノルウェーの世界遺産を参照。

音楽

ロマン派音楽の作曲家エドヴァルド・グリーグ、世界的に著名なピアニストのレイフ・オヴェ・アンスネス、チェリストのトルルス・モルク、作曲家のアルネ・ノールヘイムなどのクラシック音楽界に加えて、メイヘムサテュリコンエンペラーディム・ボガーに代表されるブラックメタルa-haなどのポピュラー音楽は近年の重要な輸出産業のひとつとなっている。

その他、ジャズや伝統的な民謡の影響を受けたフォーク音楽も非常に盛んで世界的に高い評価を得ている。

著名なノルウェー人

粥を持ち、ヤギにまたがったニッセ(=サンタクロースの原型と言われる。ユールにお粥を炊いて、ニッセに供える習慣がある。)
粥を持ち、ヤギにまたがったニッセ(=サンタクロースの原型と言われる。ユールにお粥を炊いて、ニッセに供える習慣がある。)

祝祭日

祝祭日
日付日本語表記現地語表記備考
1月1日新年Nyttårsdag
移動祝日棕櫚の日曜日Skjærtorsdag復活祭の前の日曜日
移動祝日洗足木曜日Skjærtorsdag復活祭の前の木曜日
移動祝日聖金曜日Langfredag復活祭の前の金曜日
移動祝日復活祭第1日Første påskedag前日の午後はPåskeaftenと言い、祝日ではないが半休になる
移動祝日イースター・マンデー(復活祭第2日)Andre påskedag復活祭の後の月曜日
5月1日メーデーArbeidernes dag
5月17日憲法記念日Grunnlovsdagen
移動祝日昇天祭Kristi Himmelfartsdag復活祭の39日後
移動祝日聖霊降臨祭第1日Første pinsedag復活祭の49日後
移動祝日聖霊降臨祭第2日Andre pinsedag聖霊降臨祭の翌日
12月25日ユール第1日(クリスマス第1日)Første juledag前日の午後はJuleaftenと言い、祝日ではないが半休になる
12月26日ユール第2日(クリスマス第2日、ボクシングデーAndre juledag

関連項目

参考文献

  1. ^ Statistic Norway
  2. ^ a b c d IMF Data and Statistics 2009年4月27日閲覧([1]
  3. ^ UNDP(国連開発計画)「人間開発報告書(HDR)」より
  4. ^ ノルウェーデータ 2007: メディアと文化

外部リンク

ウィクショナリー
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