映画館についての最新情報、関連する画像や動画を紹介。(出典:Wikipedia)

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ロンドンの映画館外観
ロンドンの映画館外観
ノルウェーの映画館内
ノルウェーの映画館内
音響システム、カップホルダー等の設備が整った館内の例
音響システム、カップホルダー等の設備が整った館内の例

映画館(えいがかん)とは、映画を上映することを主目的とした施設。日本語では「銀幕」あるいは「シネマ」とも通称される。英語でも同様にSilver screen(銀色のスクリーン)、Big screen(大きなスクリーン)と称され、テレビに対して使われるSmall screen(小さなスクリーン)と対照される。

映画は映写機により講堂の前に設置された大きなスクリーン(映写幕)に投影される。

目次

概要

映画館は、新作映画を全国規模で一斉に上映する封切館(ロードシアター)と、独立系の新作映画を上映するミニシアター、旧作映画を主体に上映する名画座に大きく区分される。また、映倫が定めるレイティングに従い、R-18指定の映画を中心に上映する映画館を「成人映画館」、それ以外の映画が主であるものを「一般映画館」と区分することがある。

封切館は大手映画会社によって築かれた全国規模のネットワークが出来ており、テレビネットワーク同様、原則としてネット元の映画会社が選択した映画を上映する映画館である。この場合、ある程度のヒットを想定している。封切館より立地の劣る区域には、封切館から1~2週間遅れで新作を上映する二番館というものもあり、更に遅れて上映する三番館というものも存在した。二番館、三番館では二本立てや三本立ての興行が一般的で、映画会社も特定の1社ではなく複数の会社の作品を取り混ぜて興行することも多かった。

独立系映画会制作・輸入の新作映画など小規模での公開を前提とした映画を上映する映画館を「ミニシアター」、旧作映画を主体に上映する映画館を「名画座」と呼ばれている。名画座はレンタルビデオDVDの普及により減少傾向にある。

1980年代後半以降、シネマコンプレックス(シネコン)と呼ばれる、複数スクリーンを持つ大型映画館が増えている。ショッピングモールなどと併設して郊外に建設されるケースが多い。

また、シネコン・ミニシアター共に午前中のみの上映(モーニングショー)や夜間上映(レイトショー)などで公開作品数を増やす試みが浸透している。

かつては映画館の名称が「○○劇場」「○○座」となっていたり、映画館自体を「劇場」と呼ぶことも多かった。これは元々一部の大規模映画館では、映画興行の合間にアトラクションとして実演(歌手の歌謡ショーや演芸など)が催されていたことにもよる。従って、楽屋を備えた映画館もかつては存在した。
現在では、演劇劇場との区別のためか、名称として用いられる例は少なくなっているものの、「劇場内は禁煙です」等、映画館内部(正確に言えば客席を含む講堂内部)を指す用語としては使用されている。なお、シネコン等では「スクリーン」を同義として使用している例が多い。

映画館の設置にあたっては、興行場法に基づき都道府県知事の許可が必要となっている。

2009年現在、営業中の常設館として日本最古の映画館は、新潟県上越市にある、1911年明治44年)創業の「高田世界館」(高田日活としては2009年3月末で廃業、NPO法人が改称した)で、現在使われている建物も創業当時のものである。

一般的な営業形態

一般的に、映画館は個人によって所有・運営されるケースは少なく(一部のミニシアターに見られる程度)、映画館運営会社(興行会社)などによって運営され、顧客にチケットを買ってもらい入場させ映画を見せ、会社はそのチケットの売り上げによって利益を得るという形をとる。
他方、上映用フィルムの配給元となった配給会社に対し、定額ないしチケット売り上げ額に対する一定割合(映画によって変動あり)の額を、「フィルム貸し料」として支払う。これが映画館の経費の多くを占める。

日本では、厚生労働省が監督官庁であり、直接的には所在する都道府県又は市が設置している保健所の監督を受ける。また、都道府県ごとに、生活衛生関係営業の運営の適正化及び振興に関する法律に基づく興行生活衛生同業組合(これには、映画館以外に演芸場や貸しホール等も加盟している)を組織している。なお、この組合はあくまで任意加盟である。例えば、シネコンがオープンする際に、地元の既存映画館と対立するケースもあり、その結果、そのシネコンは組合に未加盟のままとなっている例もある。

映画館の規模によっても違うが、一般的に講堂内部には1スクリーンあたりおよそ80~600席の座席が設置されている。1スクリーン当たりの平均的な客席数は、300席未満の映画館が多い。

映画を鑑賞するための入場券は前売り・ないし当日券という形で販売される。前売り券の場合は多少の割引や、非売品の記念品が付属するなどの特典が付くことが多い。金券ショップに持ち込まれたものを購入することも出来るが、トラブルが皆無という訳ではないので、そのような店での入場券の購入の際には注意が必要である。また、夜間上映などの時間帯・ないし学生割引レディースデー・『映画の日』(本来の記念日としては12月1日だが、現在では多くの都道府県において毎月初頭1日に拡大されている)・シニア割引など、様々な割引制度が実施されている(詳細については、映画料金割引の項を参照)。

映画館の受付ロビーには、上映中の作品や次回上映予定の作品のポスター・上映日程・時間帯などが示されている。これらや新聞広告・TVCMなどの情報を元に、観客は自分が鑑賞したい作品のスケジュールを知り、後日に映画館に足を運ぶ段取りとなる。また映画館によっては、上映作品の販売状況などが、空席があるのか満席かなどが受付の電光掲示板・ないしインターネットのウェブサイトなどで確認出来る場合がある。

日本の映画人口が減少期に入った1960年代後半以降、多くの映画館では『木戸銭制』(一度入場すれば、途中退出しない限り、最終回の上映終了まで、何度でも鑑賞可能)を採用してきた。が、近年主流となっているシネコンやミニシアターでは『入れ替え制』を採用しており、チケットに指定された回の上映が終わった後は、観客は速やかに講堂から退場しなくてはならない。
いずれの方式においても、入口を出た後の再入場は基本的に許可されていない(木戸銭制であれば、改めて入場料が必要)が、トイレ自動販売機売店などが館内に設置されていない等の事情により、入場時の半券を提示することで、その半券記載の上映時間内であれば許可するシステムをとる館もある。

鑑賞・および上映中の行儀

講堂を含め、映画館内は禁煙である。これは消防法との兼ね合いで決まっている。最近では、上映の前に携帯電話の電源を切っておくことを促す広告が目立ってきている。

指定席制度の映画館では、先着順・ないしは座席を指定して、銀幕が見やすい場所から席が埋まっていく。自由席制度の映画館では、完全先着順で座席を決めて座ってよい。ただし自由席の場合、友達や知人などのために複数の座席を占領するのは行儀違反である。
人気作品の場合は、通路に立ち見客が発生する事態も考えうるが、立ち見客が発生する場合に、鑑賞チケットの販売を行うかどうかは、映画館の判断による。ただし、各館における定員は、立ち見を含めてあらかじめ設定されており(都道府県によっては、館内にそれを掲示させているところもある)、それを超えて入場させると、映画館が処罰の対象となりうる。

作品の本上映が始まる前に、次回に上映する映画の予告編、上記のような「映画館からの上映中のマナーやお願い」やCM(いわゆるシネアド)などが、スクリーンに映される。

多くの映画館では、付属の売店もしくは自動販売機で軽食や飲み物を販売している。講堂内でこれらの軽食類を食しながら映画を鑑賞する場合、他人の鑑賞を妨げることがあってはならない。そのため、売店で販売されるメニューの多くは、食べても音をあまり発しないポップコーンなどのものが主体となる。そういった客への利便性のため、上記の写真のように、座席にカップホルダーが付いている映画館もある。
なお、館内での飲食については「持ち込みも含めてOK」「OKだが、館内で販売しているものに限る」「飲料はOKだが、食料はNG」「予告編が終わるまではOKだが、本編が始まるとNG」「いかなる形であれNG」等、映画館によって対応が分かれるので、初めて訪れる館では注意が必要である。
上映中にトイレに立ちたくなった場合は、出来るだけ他の客(特に後ろの席で鑑賞している客)の迷惑にならぬように注意して席を立つこと。

鑑賞中は、以下のような他の観客にとって迷惑になる行為は、基本的に慎まなければならない。

  • 携帯電話の使用・および着信
  • 大きな声での私語・および「いびき」(講堂内の暗さのため、中には上映中に寝てしまう客もいる)
    • ただし、上映されている作品の内容に関連する適度の感情表現(笑い・悲鳴・泣き)などは許容の範囲である
  • 大きな音を立てての飲食
  • 見苦しいほどに身体を揺らす・暴れる、または前の席を蹴る
  • すでに鑑賞した者による、映画の展開の暴露。いわゆる『ネタバレ』
  • 上映されている画面の撮影(日本でも「映画盗撮防止法」が2007年5月に成立したため、処罰される)
  • 本編が始まってからの入場
  • 上映が完全に終了する以前の離席(近年ではエンドロールが始まると離席する客が多い。これを見越し、エンドロールの終了後に「仕掛け」を仕込んでおく監督も少なくない。)

上映が終了すると館内に照明が付くので、場内に忘れ物が無いことを確認して退場する。講堂を出た場内ロビーでは、上映作品に関するグッズや作品解説のパンフレットなどが販売されているので、記念に買って行く人もある。

歴史

前映画館期

1889年トーマス・エディソンらが発明した(実際の開発者はウィリアム・K・L・ディクソンキネトスコープは、のぞき窓を小窓から一人で覗き込む非投影式の映画装置であり、内容もちょっとしたコント寸劇ていどのもので、デパートドラッグストアなど様々な場所に置かれていた。1894年春にブロードウェイに元靴屋を改築したキネトスコープ・パーラーが開店し、複数台並べられたキネトスコープを観客が順次のぞき見てまわるラウンド制上映が行われた。

「スクリーンに投影された映像を不特定多数の人間が同一の場所で視覚的に共有する」(ジョルジュ・サドゥールによる映画の定義)タイプの上映装置は、リュミエール兄弟が開発したシネマトグラフ・リュミエールによる1895年の公開が最初である。このタイプの上映は、ヴォードヴィル劇場や地方のオペラハウスなどでの添え物的な上映か、ストアフロント劇場と呼ばれる仮設劇場での上映に限られていた。

1900年パリ万国博覧会では、リュミエール兄弟が、後のアイマックス・シアターの登場を予感させる巨大スクリーン・巨大会場での上映を行った。また、1899年フィラデルフィアでの博覧会では、シグマンド・ルービンが後のピクチュア・パレスを思わせるパルテノン風建築のシネオグラフ館を公開している。期間限定とはいえ、これが世界初の映画館といえる。

発明家ウィリアム・J・キーフが1904年セントルイス万国博覧会で発表した、列車型ライドに乗ってトンネル内のスクリーンに映し出される映像を楽しむ擬似列車旅行装置は、1905年に改良を加えられて、主要都市の遊園地内に設置され、ヘイルズ・ツアーズの名で好評を博した。観客は列車型の館内でファントム・ライド映画と呼ばれる「動く景色」の映像を見ながら、ショットにあわせて列車が震動し、汽笛を鳴らし、人工の風が吹き込むのを楽しんだ。

ニッケルオデオン

1905年ごろ、ニッケルコイン1枚で入場できるニッケルオデオンと呼ばれる常設映画館がアメリカで流行した。これが最初の常設映画館であると言われている。スクリーンの大きさは縦3.5メートル、横4.5メートルほどの大きさしかなく、設備も伴奏用のピアノがあるくらいだった。映写機は一台しかなく、フィルムをかけかえる間、幻燈機によるスライド上映が行われた。スライドの内容は、「他のお客様の迷惑になる行為はご遠慮ください」といったメッセージや、観客が合唱するための歌詞であった。サイレント映画にオーケストラによる伴奏がつくようになったのは1910年頃からである。興行形態は 1. スライド 2. 15分ほどの映画上映 3. 歌詞とイラスト付きのカラー・スライド上映と館内合唱 4. 幕間 5. 1.に戻って3回目の映画上映で終了、といったものが一般的だった。英語を解さない移民でも理解出来るサイレント映画の上映は、彼らをアメリカ文化に同化させるのに重要な役割を果たしたといわれる。一方で、黒人専用映画館や、白人から隔離された黒人専用席などの差別待遇もあった。しかし、興盛を極めたニッケルオデオンも、映画の長尺化に伴い、防火対策の不備、スクリーンの見難さ、収容人数の少なさ(100~300名程度)、劣悪な衛生環境、換気・冷暖房諸設備の不備、などの問題のために、1913年頃には衰退していった。

エアドーム

1900年代半ばからは、夏期の館内暑気対策として四方を塀で囲っただけのエアドームと呼ばれる屋外上映施設が建設され始めた。1917年には一般映画館に冷房装置が備え付けられるようになり、1930年代には同じく屋外上映施設のドライブインシアターが登場したため、この頃には姿を消した。ただし屋外映画館での上映はロカルノ映画祭などで現在でもイベント的に行われているし、南欧の古い映画館には屋根が開閉式のものが存在する。

アートハウス

1920年代には映画の芸術としての側面が注目され始め、前衛芸術家やアマチュアのフィルムメーカーによる意欲的な実験映画純粋映画が、芸術家の集まるカフェやアートハウスと呼ばれる専門映画館で上映されるようになった。

ピクチュア・パレス

1915年頃から、宮殿を思わせる豪華絢爛な巨大映画館ピクチュア・パレスが登場し始める。ヴェルサイユ宮殿などを参考にして華美な装飾を施したこの映画館の収容定員は1000~3000名で、入場料はニッケルオデオンの5倍から40倍ほどの高額であった。興行形態は 1. ドアマンによる出迎え 2. 案内係によって座席まで誘導される 3. オーケストラによる序曲 4. 序曲が終わり、照明が落ちる 5. ニュース映画上映 6. 短篇の旅行記映画あるいは実景映画の上映 7. 声楽家、ピアニストなどのライブ・パフォーマンス 8. 30分ほどの喜劇映画あるいは短篇アニメーション映画上映 9. プロローグ 10. 本編上映 11. オルガン演奏と共に退場。1910年代後半から20年代にかけて建設ブームが起こったが、トーキー映画の出現と1929年経済恐慌によって経営が圧迫されていった。このタイプの映画館は現在ではほとんど残っていないが、ロサンゼルスのエジプシャン・シアターなどは営利目的よりも文化的目的で現在でも上映活動を続けている。

1930年代の映画館

1932年頃から、中規模映画館によるA級映画、B級映画の長篇二本立て興行が始まった。この頃の映画館では特に館内の静粛性は求められず、上映中の入退場は自由であった。冒頭部では出演するスター達がクローズアップで紹介され、観客達はお気に入りのスターに拍手喝采を送り、映画会社も観客の反応をスターの人気を測る尺度にしていたという。この興行形態は1948年パラマウント社独占禁止法違反の判決を受けてから徐々に廃れていった。

30年代前半にはニュース映画専門館が現れ、戦時中の情報源として重宝された。この形態の映画館はテレビが普及する50年代まで存続した。

ドライブインシアター

1933年初夏のニュージャージー州、車を降りずに映画を見ることの出来るドライブインシアターが登場した。ドライブインシアターがアメリカで本格的に流行したのは第二次世界大戦後のことである。終戦直後には100館ほどしかなかったが、車社会の到来、ベビーブーム、住宅地の郊外化などの要因によって1950年代初頭には3000館ほどに増えた。1948年にはやはりニュージャージー州に、乗客とパイロットが飛行機に乗ったまま映画を見ることの出来るフライトインシアターが開館された。他にも1973年の円形劇場型のドライブインシアター、宿泊客が部屋の窓越しに映画を見ることの出来るシアター・モーテルなど、奇抜なアイデアによる映画館が現れては消えていった。ドライブインシアターも、ピークを迎えた50年代なかば以降はテレビに押されて衰退し、1970年代までには大半が閉館を余儀なくされた。

ポルノ映画館

1970年代初頭、文化先進諸国におけるポルノ解禁に伴い、多くの小規模経営映画館が成人指定映画専門映画館化し、ポルノ映画の爆発的流行を産んだ。このタイプの映画館は、アダルトビデオDVDインターネットによる動画配信が主流となった今日でも、都市部の片隅に少数ながら存続し、高齢の男性同性愛者たちの発展場として機能してしまっていることも多い。また、ダンス・ショーなどのライヴ・パフォーマンスにより、観客との交流が活発に行われているのも大きな特徴である。

シネマ・コンプレックス

1980年代になると、シネマ・コンプレックス(複合映画館)が登場し、今日まで映画館の主流形態となった。これにより、かつて規模や立地条件などにより区分された映画館の等級づけ(1番館から5番館くらいまで)は完全に無効化された。他にも巨大スクリーンのアイマックス・シアターオムニマックス・シアターが登場した。ディズニーランドユニヴァーサルスタジオの3D映画館も、現代の映画館の形態の1つとして付け加えても良いだろう[誰?]。また、家庭に映画上映の設備を組むホームシアターや、飛行機内や船内の上映設備も、広い意味での映画館といえる[誰?]

コミュニティシネマ(市民映画館)

1980年代末頃より日本全国各地で顕著になった都心空洞化の影響で、老舗の映画館が次々と消滅していった。その有様を憂いて設立されたNPO法人が有志の市民より寄付金をつのり、開業・運営している映画館を指す。上映される作品はミニシアター系の作品が中心[要出典]

映画館運営会社(映画興行会社)

全国

北海道

東北

関東

中部

関西

中国・四国

九州

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沖縄

関連項目

参考文献

ウィキメディア・コモンズ
  • 加藤幹郎 『映画館と観客の文化史』中公新書1854 中央公論新社 ISBN 4121018540

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映画館

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