鶉野飛行場についての最新情報、関連する画像や動画を紹介。(出典:Wikipedia)

鶉野飛行場(うずらのひこうじょう)は、兵庫県加西市にかつて存在していた飛行場である。

目次

概要

鶉野飛行場の滑走路跡
鶉野飛行場の滑走路跡

第二次世界大戦中、川西航空機姫路工場の専用飛行場として建設されたが、姫路海軍航空隊が駐留し訓練基地および特攻隊の拠点となった。当時、川西では紫電紫電改が製造されており、それぞれ486機、44機が組み立てられた。 当時、主に運用されていた機体は93式中練、97式艦攻などである。

当時の主な概要は以下のとおりである。[1]

  • 総工費 16,687,219円
  • 面積 2,531,040平方メートル
  • 滑走路 全長1,200m、幅60m 1本
  • 誘導路 総延長15,000m、幅30m
  • 掩体壕 55箇所
  • 格納庫 9,150平方メートル 20Mx120M 2棟
  • 兵舎 約8,919平方メートル
  • 対空機銃 25mm連装機銃 4箇所、25mm単装機銃 2箇所

他に自家発電施設や地下暗号通信室などの設備もあり、弾薬庫なども含め厚いコンクリートで固められた地下施設とされていた。

海軍飛行場であり、軍需工場である川西航空機も近傍にあったため数度の米軍の攻撃を受けた。2005年に当時の不発弾が見つかったこともある。[2]

昭和20年3月31日には試験飛行中にエンジントラブルを起こした紫電改が国鉄北条線(現:北条鉄道)の網引駅法華口駅の中間の線路沿いに不時着し尾輪でレールを引っ掛けることで路線を破損、直後に通りかかった列車が脱線し死者11人、負傷者104人を出す事故が発生した。(北条線列車転覆事故)。[3]

終戦とともに閉鎖。引揚者などを募集し入植地となった。しかし現在も滑走路跡地はほぼそのまま現存し、陸上自衛隊の訓練施設(鶉野訓練場)となっている(使用頻度は低い)。かつてはヘリコプターなどの航空ショーなどもおこなわれたことがある。[4]ただし滑走路は全体の2/5位の位置に道路が走ることにより分断され、周辺には工場、送電線、民家などがあり、原状では固定翼機の離着陸は困難である。


2008年公開の映画「火垂るの墓」のロケに滑走路跡が使用された。(主人公の兄弟が出征兵士たちの隊列とすれ違うシーンおよび英霊の帰還のシーン)

滑走路以外の掩体壕エプロン戦闘指揮所防空壕などの遺構も近隣の山林内、民家敷地内、神戸大学農学部の構内などに一部現存している。また格納庫の一棟が姫路市野里に移築され建設会社の資材倉庫となり現存している。[5]

平成になってから、関係者により慰霊施設が滑走路脇に建設された。

所在地は兵庫県加西市鶉野町(稼働当時は加西郡九会村・下里村)。

歴史

遺物

交通

鉄道

北条鉄道法華口駅

道路

中国自動車道加西インターチェンジ

関連項目

外部リンク

脚注

  1. ^ 防衛庁防衛研究所戦史室資料より
  2. ^ 2005/08/15 神戸新聞記事
  3. ^ 2005/08/25 神戸新聞記事
  4. ^ 97年11月9日に開催された加西スカイパーク・フェスティバル
  5. ^ 2006/10/12 神戸新聞記事
ウィキメディア・コモンズ
軍事この「鶉野飛行場」は、軍事に関連した書きかけ項目です。この項目を加筆・訂正等して下さる協力者を求めています
(Portal:軍事/PJ軍事/PJ軍事史

鶉野飛行場