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日本テレビ放送網株式会社
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種類株式会社
市場情報
東証1部94041959年9月15日上場
略称日本テレビ、日テレ、NTV、AX
本社所在地〒105-7444
東京都港区東新橋一丁目6番1号
設立1952年(昭和27年)10月28日
業種情報・通信業
事業内容放送法による一般放送事業、及びその他放送事業、放送番組の企画、製作及び販売、文化事業その他放送に関連する一切の事業
代表者代表取締役会長 氏家齊一郎
代表取締役社長執行役員 細川知正
代表取締役相談役執行役員 久保伸太郎
資本金185億7500万円
総資産連結:5292億6500万円
単独:4588億4500万円
(2007年3月期)
従業員数連結:3338人 単独:1165人
(2009年12月末日現在)
決算期3月31日
主要株主(株)読売新聞グループ本社 14.84%
讀賣テレビ放送(株) 6.20%
日本トラスティ・サービス信託銀行(株) 5.71%
(株)読売新聞東京本社 5.37%
(2009年9月30日現在)
主要子会社(株)日テレ・グループ・ホールディングス 100%
(株)日本テレビアート 100%
(株)バップ 53.0%
関係する人物正力松太郎(創業者・初代社長)
外部リンクwww.ntv.co.jp
 Template‐ノート:基礎情報 会社 
画像:Ntv chukeisha.jpg
日本テレビの中継車

日本テレビ放送網株式会社(にっぽんテレビほうそうもうNippon Television Network Corporation)は、日本放送事業者である。一般的には、略して、日本テレビ(にほんテレビ)、更に略し、日テレ(にっテレ、Nittele)などと呼ばれる。他に「NTV」(エヌティーヴィー)、「AX」(エーエックス、アックス)という略称もある。

目次

概説

日本テレビ放送網のデータ
英名Nippon Television
Network Corporation
放送対象地域
ニュース系列NNN
番組供給系列NNS
略称NTV
AX
愛称日テレ、NTV
呼出符号JOAX-(D)TV
呼出名称にほんテレビ
(デジタルテレビジョン)
開局日1953年8月28日
本社〒105-7444
東京都港区東新橋一丁目6-1
演奏所#スタジオを参照
アナログ親局東京 4ch
ガイドチャンネル4ch
リモコンキーID4
デジタル親局東京 25ch
主なアナログ中継局#アナログ放送参照
主なデジタル中継局#デジタル放送参照
公式サイト公式サイト
 Template‐ノート:日本のテレビ局 

放送免許

主な株主(2009年9月30日現在)

  1. 株式会社読売新聞グループ本社 (14.84%)
  2. 讀賣テレビ放送株式会社 (6.20%)
  3. 日本トラスティ・サービス信託銀行株式会社(信託口) (5.71%)
  4. 株式会社読売新聞東京本社 (5.37%)
  5. CBニューヨーク・オービス・ファンズ (4.18%)
  6. CBニューヨーク・オービス・エスアイシーアーヴィー (3.85%)
  7. 学校法人帝京大学 (3.53%)
  8. 日本マスタートラスト信託銀行株式会社(信託口) (3.28%)
  9. 株式会社エヌ・ティ・ティ・ドコモ (2.99%)
  10. 株式会社リクルート (2.54%)

(出資比率は自己株式を控除して計算)

呼出符号(コールサイン)

詳細は呼出符号を参照

  • 標準テレビジョン放送(地上アナログ放送):JOAX-TV(VHF4ch、映像171.25MHz/50kW、音声175.75MHz/12.5kW)(テレビジョン単営局に対する最初の予備免許であったため、「JO*X-TV」シリーズの中で“A”が与えられた)
  • 標準テレビジョン音声多重放送:JOAX-TAM
  • 標準テレビジョン文字多重放送:JOAX-TCM
  • 地上デジタルテレビジョン放送:JOAX-DTV(UHF25ch/リモコンID4ch、周波数545.142857MHz/10kW)

保有チャンネル

関東広域圏における地上放送以外に、以下のチャンネルを放送、供給している。

日テレG+日テレNEWS24
直営の衛星役務利用放送としてスカパー!で放送しているほか、スカパー!e2(東経110度CS放送)の委託放送事業者であるシーエス日本、及び一部のケーブルテレビ局へのチャンネル供給を行い、各局においてサイマル放送を行なっている。
日テレプラス
旧称「日テレプラス&サイエンス」。「日テレプラス」と「サイエンスチャンネル」の共用チャンネルであり、うち「日テレプラス」部分の番組を、スカパー!では委託放送事業者のジャパンイメージコミュニケーションズ、スカパー!e2ではシーエス日本、また一部のケーブルテレビ局へもそれぞれ供給している。

ネットワーク

1966年NNNNippon News Network)を、またNNS (Nippon television Network System)を形成し、各地の地方局と系列局関係を結んでいる。日本テレビの報道取材地域には関東広域圏の他に沖縄県が含まれる(沖縄県にNNN系列局がないため)。

呼称

開局以来長年「4チャンネル」、「NTV」などを略称として使用してきたが、1995年前後よりキャンペーンコピーに「日テレ」を使用し始める。2000年12月には、開局した系列のBS日本のチャンネル名称を「BS日テレ」とした。

2003年の汐留移転を契機に、コーポレートロゴを「日テレ」とするなど、正式な略称・愛称として「日テレ」が採用された。なお、新聞テレビ情報誌番組表での表示は従来通り「日本テレビ」のままだが、デイリースポーツ東京版と番組の動画配信では「NTV」として表記されている。

業界ではCX(フジテレビ)、EX(テレビ朝日)、TX(テレビ東京)に合わせ「AX」と呼ぶこともある。渋谷には日テレが出資したライブスペースSHIBUYA-AX(シブヤ-アックス)があり、1990年代後半(読売新聞は~い朝刊の次番組)の土曜深夜にもずばり“AX”(読みは「アックス」)という番組があった。

ちなみに、ロシアネパールナイジェリアケニアのテレビ局「NTV」およびマレーシアのテレビ局「ntv7」とは無関係。

登記上の社名は「にほん」では無く「にっぽん」と読むのが正しい。(これはNHKの場合と同様。ただし、アナウンサーも「にほんテレビ」と読むことが多く、鳩の休日を始めとする局名告知においては全て「にほんテレビ」で統一されている)

備考

スタジオ

汐留・日本テレビタワー(愛称:日テレタワー)

東京・汐留にある日本テレビタワー
東京汐留にある日本テレビタワー
日本テレビタワー(新橋駅方向から)
日本テレビタワー(新橋駅方向から)
日本テレビタワー(汐留駅方向から)
日本テレビタワー(汐留駅方向から)
画像:NTV Zero Studio 2007-1.jpg
ゼロスタジオ
マイスタジオ・日テレ大時計
マイスタジオ・日テレ大時計

世界的建築家リチャード・ロジャースが基本構想を手掛けた。建物外部四隅に柱を露出させた理由は、容積率緩和措置を受けるため。その他、地上2階の受付前フロアを自由通路とすることによっても容積率緩和措置を受けている。 なお、日本テレビタワーの19階から24階は一般のテナントビルとして賃貸しており、19階は日テレグループ各社や海外テレビ局の東京支局、20階から24階には一般企業が入居している。また同系列の準キー局讀賣テレビ放送の東京支社が2009年11月に汐留シティセンターから日テレタワー22階に移転し、全国のテレビ局で唯一在阪準キー局の東京支社が在京キー局の本社が入居するビルに“同居”する格好となった。

建設前の敷地では、『進め!電波少年』、『雷波少年』における長期ロケ企画のロケ地として使用されていた。
また、麹町からの移転直前には、『ぐるナイ』の“ゴチになります”オープニングとスペシャル料理の選択権を決めるゲームも行われた。

メディアセンター
汐留・日テレタワー7階にある放送の運行・送出を行うマスターコントロールルーム。日本テレビの放送を支える中枢を担うセクション。関東一円と全国のネットワーク各局、またBS日本・CS日本へも毎日の番組を送り出している。送出VTR・番組サーバ・CMバンク・データ放送・文字字幕放送の送出設備を擁し運行・送出を行っている。
また、OAデータ・APS(Automatic Programming System)の運行データ作成・変更を行う「放送進行」もキー局としての重要なセクションである。
回線センター(SDC・SOC・回線ブッキング)
生中継に欠かせない自営マイクロ回線(マイクロ基地局)の運用・保守、及び局内回線分配系の運用・保守、SNGの管制・運用・保守を行うセクション。自営マイクロ回線の運用を行う「SDC」、SNG回線の管制・運用を行う「SOC」またNTT回線の運用を行う「回線ブッキング」の3つに運用セクションが分かれている。
S1・S2スタジオ(211坪・138坪)
汐留・日テレタワー13階にあるバラエティ・情報番組の収録・生放送対応スタジオ。『踊る!さんま御殿!!』、『しゃべくり007』、『エンタの神様』、『AKBINGO!』、『真相報道 バンキシャ!』などで使われる。なお『24時間テレビ』や、『箱根駅伝』など不定期の大型番組の親サブとしても使用される。スタジオ入り口のドアの色は、S1スタジオが赤、S2スタジオが黄。
S3・S4スタジオ(148坪・148坪)
汐留・日テレタワー9階にある生放送対応スタジオ。生放送対応を前提としているため、HD収録機がS1・S2の様に常設されていない。『スッキリ!!』、『サプライズ』、『NEWS ZERO』、『江川×堀尾のSUPERうるぐす』、『おもいッきりDON!』などで使われる。スタジオ入り口のドアの色は、S3スタジオが青、S4スタジオが緑。
NEWSスタジオ(130坪)
汐留・日テレタワー5階・報道フロアにある報道番組専用スタジオ。主に地上波報道番組で使用されている。なお5階報道フロアには日テレNEWS24(旧NNN24)専用のミニスタジオや、常設の顔出しスペースや、各記者のデスクから直接最新情報が放送できる天井移動カメラも設置されており、ある意味報道フロア自体が巨大なニューススタジオとも言える。『NNNニュース』は報道フロアからで『NNN Newsリアルタイム』は第一部前半が報道フロアからで第一部後半からは専用スタジオからとなっている。
マイスタジオ(92坪)

詳細は「マイスタジオ」を参照

汐留・日テレタワー2階にあるオープンスタジオ。俗に「マイ・スタ」と呼ばれ、『ズームイン!!SUPER(第1・2部)』、『ズームイン!!サタデー』、『NNNニュースサタデー』などで使われる。構造的には通常のスタジオの副調整室の後方にモニター類を見渡せる形でMCブースが設置されており、番組司会者は中継回線等の状況を把握し易く緊急事態等に素早く対応できる事から、情報系生番組用としてはある意味完成されたスタジオとも言える。なおMCブースの背後はガラス張りで外部から放送の様子を見ることが可能で、以前(麹町時代)は放送中でもスタジオ前を通行することができた(公道であったため規制等が出来なかった)が、汐留ではマイスタ前の広場も日本テレビの敷地である為、放送中スタジオ前の広場の通行は禁止されている。
ゼロスタジオ(22坪)
汐留・日テレタワー1階レベルにあるオープンスタジオ。専用のサブや常設カメラはない(社内にあるどのサブからも駆動できるが、マイスタを駆動サブとすることが多いようである)。『おもいッきりPON!』で使用。ラジオ日本の放送にも使用される事がある。
SKY1・SKY2スタジオ(35坪)
汐留・日テレタワー15階にある、ガラス張りのオープンスタジオ(パノラマスタジオとも呼べる)。『天才!!カンパニー』、『イブニングプレス Donna』、『スーパースポーツマガジン』(BS日テレ)などで使われる。
SVスタジオ(71坪)
汐留・日テレタワー13階にあるバーチャルスタジオブルーバック(日テレはグリーンを使用)のホリゾントが常設され、『あさ天サタデー』などで使われていたが、中規模のスタジオとして普通にセットが組まれ番組を収録する事も多々ある。
テレビバ
汐留・日テレタワー1階にある公開型のオープンスタジオ。イベント等で使われていた『クリスタルホール』を観客が中に入ることができる公開スタジオに改修。ガラス張りで、外からでも番組収録を見ることができる。『くちコミ☆ジョニー!』の番組内でスタジオ名を公募していたが、2007年11月5日の放送で「テレビの遊び場」を略した『テレビバ』に決定した。以前は『おもいッきりDON!』(第2部)で使用されていた。
タワートップスタジオ
汐留・日テレタワーの最上階、32階にあるスタジオ。
リモートサブ(1、 2)
汐留・日テレタワー8階には、副調整室(サブ)だけの「リモートサブ」というのがある。主にプロ野球中継、サッカー中継などスポーツ中継で使用している。

※すべてハイビジョン対応。

麹町分室

詳細は麹町分室を参照

日本テレビ麹町分室
日本テレビ麹町分室

汐留・日テレタワーに本社が移転された後も、旧本社社屋は麹町分室として北本館にある2つのスタジオに限り、引き続き使用している。日テレで最大面積を誇るGスタジオがあることから、主に観客入れや出演者が多い番組が収録されている。また制作部門の一部デスクは分室に留まっている。なお麹町分室は「日テレ麹町ビル」としてリニューアルし、旧西本館が一般テナントビルとして使用されている。また、BS日テレ・CS日本の本社と送出マスターもここにある。

麹町分室は「西本館」、「南本館」、「北本館」、「カラーセンター」の4棟から成り立っており、カラーテレビ放送開始に伴い建設された「カラーセンター」が後に新築された南本館と合体化された。しかし旧「カラーセンター」棟は老朽化が激しく、2003年に本社移転を契機として使用を中止した。

Kスタジオ(180坪)
麹町分室北本館5階のスタジオ。主に観客入れを必要とするバラエティ・トーク番組や伝統的に『音楽戦士 MUSIC FIGHTER』など歌番組の歌唱部分の収録に使用されている。スタジオ入り口のドアの色は、青。
Gスタジオ(250坪)
麹町分室北本館1階のスタジオ(収録兼用)。日本テレビにてフロア面積最大のスタジオ。汐留移転前は、ゴールデンタイムで放送されているスタジオ番組の多くが生放送・収録された。汐留移転前から放送されている長寿番組の多くで現在でもこのスタジオが使われておリ、『行列のできる法律相談所』や『世界まる見え!テレビ特捜部』、『天才!志村どうぶつ園』、『ザ!世界仰天ニュース』、『中井正広のブラックバラエティ』などが制作されている。スタジオ入り口のドアの色は、赤。
※K・Gスタジオ共にハイビジョン対応。
STUDIO NiTRo CUBE(75坪)
報道番組で使用されてきた南本館4階のEスタジオを日本テレビビデオ(現・日テレ・テクニカル・リソーシズ)が改装し、貸しスタジオとしてリニューアルしている。

新社屋・旧社屋の扱いについて

2004年に日本テレビの本社機能はデジタル放送に対応するため、開局以来本社を置いていた千代田区二番町(通称:麹町)から港区東新橋(通称:汐留)に移転した。

しかし、移転後に本社機能・テレビ収録を全て旧社屋から新社屋にシフトしたTBSやフジテレビとは違い、日本テレビは麹町社屋がさほど老朽化していない事や、新社屋の敷地面積が他の在京民放の社屋より狭いことなどから、本社機能と報道・情報番組制作、一部のバラエティー番組制作のみが『日テレタワー』にシフトし、バラエティー番組の大半が汐留に本社を移した現在も『麹町分室』で制作されている。

これらを踏まえると、新社屋『日テレタワー』は地上波放送の番組送出や報道・情報系の制作・送出に主点を置いた施設で(一部のバラエティー番組も収録・放送はしている)、旧社屋『麹町分室』はバラエティー番組の収録・生放送、BS・CS放送の番組送出に主点を置いているともいえよう(アークヒルズに本社を移転していた当時のテレビ朝日に近い。この事例は大阪の毎日放送でもあった)。

ちなみに『麹町分室』で制作された番組は『日テレタワー』(汐留社屋)に光ファイバーでHD/SD転送されてローカルマスターを経由して日本テレビの親局である東京タワーから送出し放送されたり、ネットマスターを経由して全国の系列局に送出される。逆に『日テレタワー』で制作したBS・CSの番組は『麹町分室』に光ファイバー転送されてそれぞれのマスターを経由して放送される。

生田スタジオ

詳細は生田スタジオを参照

生田1から生田3まで3つのスタジオがあり、ドラマと『ものまねグランプリ』など一部の特別番組の収録を行っている。すべてハイビジョン対応。 災害時の送出機能も備えている。スタジオ技術は子会社のNiTRo(旧NTV映像センター)が請け負っている。

沿革

1950年代

  • 1951年9月4日 正力松太郎、日本テレビ放送網設立構想を発表。
  • 1951年10月2日 日本テレビ放送網、テレビ放送免許を申請。
  • 1952年7月31日 日本最初のテレビ放送予備免許を取得。
  • 1952年10月15日 創立総会を開催し、正力松太郎を社長に選出。
  • 1952年10月28日 会社設立(資本金2億5千万円)。
  • 1953年4月15日 資本金を5億円に増資。
  • 1953年8月17日 名古屋と大阪にテレビ局の免許を申請(後に却下)。
  • 1953年8月18日 街頭テレビ受像機を関東一円(都内29ヵ所、周辺部13ヵ所)に設置。
  • 1953年8月20日 試験電波を発射。
  • 1953年8月27日 テレビ放送本免許を取得。
  • 1953年8月28日 午前11時20分、『鳩の休日』の映像と共に民放初のテレビ局(地上アナログ)として本放送を開始(この日が開局記念日)。日本初のテレビ局としての開局を目指していたが、多くの機器を輸入に頼っていたため納入が間に合わず、NHKに先行された。
  • 1953年8月29日 プロ野球巨人 - 阪神戦(後楽園球場)を民放としてテレビ初中継。
  • 1953年10月27日 プロボクシング世界選手権白井義男-テリー・アレン戦を中継。街頭テレビ熱高まる。
  • 1954年2月19日力道山木村政彦シャープ兄弟プロレス実況』を放送(3日間)。以後力道山の人気はうなぎのぼりとなり、全国的なプロレス旋風が巻き起こる。
  • 1954年10月4日 ニュース番組『きょうの出来事』放送開始。
  • 1955年4月1日 資本金を7億5000万円に増資。
  • 1955年11月28日 清水与七郎が社長に就任。
  • 1956年8月19日 午前6時30分、日本初のテレビ早朝放送を開始。画面に初めて時分テロップを入れる。(いわゆる時刻出し
  • 1956年12月1日 中部日本放送(CBC)大阪テレビ放送(OTV、現在の朝日放送(ABC)テレビ)が開局し、両社とネットワークを形成。
  • 1956年12月31日 精工舎(現・セイコーホールディングス)提供、同局を始め民放4社による共同制作の『ゆく年くる年」』を放送。
  • 1957年3月17日ミユキ野球教室』放送開始(1990年3月終了)。
  • 1957年4月18日 カラーテレビ放送の免許を申請。
  • 1957年10月24日 - 10月27日 日本初のプロゴルフトーナメント試合テレビ実況生中継を行う。(カナダ・カップ 於:霞ヶ関カンツリー倶楽部)
  • 1957年12月27日 カラーテレビ実験局本免許を取得。
  • 1957年12月28日 カラーテレビ実験局開局(民放初)。
  • 1958年4月1日 資本金を10億円に増資。
  • 1958年8月28日 番組編成を日本テレビ主体に置いた系列局として、讀賣テレビ放送(YTV)、テレビ西日本(TNC)が開局。先に開局した西日本放送(RNC)も含め、日本テレビの全国ネットワーク体制のさきがけとなる。
  • 1958年10月1日 (株)レクリエーション・センターを合併し、資本金が12億円に。
  • 1958年12月 米RCA社からアンペックス方式の2インチVTRが導入され、ドラマ『雑草の歌』にて使用された。これが同局初のVTRドラマとなる。
  • 1958年 初のスタジオカラーカメラによる実験放送番組『手品教室』が始まる。
  • 1959年 日本初のカラーテレビドラマ『赤い陣羽織』放送。
  • 1959年4月 ネットワークニュース番組『日本テレニュース』スタート。
  • 1959年4月10日 皇太子明仁親王今上天皇)結婚(成婚)。この日、39台のカメラを駆使してテレビ史上に語り継がれる大規模生中継を行う。その後、成婚当日の模様を同局でテレビカメラとは別に35mmカラーフィルムで撮影した物を、午後9時から特番『このよき日』でカラーで放送した。この番組の中では、日本初のカラーCMも放送された。
  • 1959年9月15日 同局の株式が東京証券取引所に上場する。
  • 1959年10月24日 毎日放送(MBS)日本シリーズ中継を共同制作する。
  • 1959年11月中旬 米RCA社から、日本で初めて2インチの放送用カラーVTRを購入する(値段は当時で約3千数百万円だった)。
  • 1959年12月3日 日本初のカラーVTR放送『ペリー・コモ・ショー』(米NBC-TVからダビングされたカラービデオテープを再生)放映。
  • 1959年12月3日 局内のスタジオにて、日本初のカラーVTRを使った収録を開始する(『クライマックス "人生はドラマだ"』12月5日放送分)。
  • 1959年12月5日 日本国内のスタジオにおける初のカラービデオ収録番組が放送される(前述の『クライマックス "人生はドラマだ"』)。

1960年代

  • 1960年6月 テレビ視聴率調査にニールセン方式を採用。
  • 1960年9月10日 カラーテレビ本放送開始。(NHKラジオ東京(KRT)と共に東京地区では初)当日、記念番組が4時間に渡って放送される。
  • 1961年1月8日 大相撲初場所で初のカラー中継放送を開始。
  • 1961年6月4日シャボン玉ホリデー』放送開始(この番組は、1972年10月1日に終了した)。
  • 1962年 フランスのRTFテレビと番組交換協定締結。朝6時台から深夜12時まで切れ目のない全日放送体制が完成。
  • 1963年 通信衛星リレー1号を利用して、日米間で初の白黒テレビの電送実験。放送中にケネディ大統領暗殺事件が発生し急遽別番組を編成。
  • 1964年10月 東京オリンピック開催。これに関する自社制作におけるカラー放送を強化する。
  • 1964年 多摩丘陵・よみうりランド内にカラー公開スタジオ「NTVスタジオ」が完成。
  • 1965年 パキスタンにテレビ受像機200台を寄贈。
  • 1965年11月8日11PM』放送開始。
  • 1966年4月1日 NNN(Nippon News Network)発足。
  • 1966年5月15日笑点』放送開始。
  • 1966年7月1日 ザ・ビートルズの日本武道館来日公演番組『ザ・ビートルズ日本公演』をカラーで独占中継(VTR録画)し、視聴率は56%に達した。[1]
  • 1966年 世界初、カラーのスポットコマーシャル(日立製作所提供)の放送が開始される。
  • 1967年7月21日 福井近夫が社長に就任。
  • 1967年 ニューヨーク支局を開設。アメリカ・NBC内に特設スタジオを設置し、衛星中継による海外ニュースを放送。
  • 1968年4月 新宿区に独自の送信所を兼ねた日本最大のテレビ塔建設を発表。(後に計画は中止に)
  • 1969年10月9日 当時の会長、正力松太郎が死去。
  • 1969年10月11日 大蔵省の指摘により粉飾決算が発覚。過去数年分の有価証券報告書を訂正。
  • 1969年12月1日 資本金を24億円に増資。
  • 1969年 コンピュータ導入(第1世代APM)で本格的な番組運行自動化を開始。

1970年代

  • 1970年5月29日 小林與三次が社長に就任し、読売色が一層強まる。
    • この辺りから、対外的に使用する社旗を青地に社章(「NTV」ロゴを丸で囲った物)を白く抜いた物より、読売新聞の社旗を模した上から緑・赤・青色の模様の旗に変更。
  • 1970年11月10日 同局の送信所を、麹町の本社社屋に隣接したテレビ塔から東京タワーに移行。
  • 1970年 那覇、ワシントン、モスクワ、ソウルに各支局を開設。世界ネットを強化。
  • 1971年 全国高校サッカー選手権大会毎日新聞社に代わって主催し、独占中継権を得る。自社制作の番組のカラー化率がほぼ100%に達する(日本の民放初)。
  • 1972年 系列18社によるNNS(日本テレビネットワーク協議会)発足。当時のネット局名古屋テレビ(NBN)と番組編成を巡って係争。この結果、12月に東海地区のテレビネットを中京テレビ(CTV)へ一本化する事に決定。(CTV開局後もNBNと2局並列でクロスネット加盟=当時CTVはNET中心の編成=だった)
  • 1973年1月14日 ハワイで行われたエルビス・プレスリー・ショーを独占衛星生中継。
  • 1973年 アメリカABCニュース社と、ニュース提供と衛星中継に関する契約を締結。
  • 1973年10月31日 日本テレビ系列愛の小鳩事業団設立。
  • 1973年12月20日 読売新聞社、朝日新聞社、毎日新聞社の3社首脳間で日本テレビと東京放送(TBS)の新聞資本を統一する合意が成立。
  • 1974年 石油危機による電力節減のため、郵政省が民放各社に深夜の放送自粛を要請。在京5社の申し合わせで、1月7日から深夜0時30分で放送終了となる。
  • 1974年3月31日 開局以来の3社ニュースの放送が『読売新聞ニュース』に一本化される。
  • 1974年5月 読売新聞社は朝日新聞社と毎日新聞社が持つ全ての日本テレビ株式を購入。これで日本テレビは完全に読売グループの傘下に入る。
  • 1974年 小林社長、ヴァティカンでローマ教皇パウロ6世から勲章を授与される。
  • 1974年12月1日 資本金を37億2500万円に増資。
  • 1975年 同局の「愛の小鳩事業団」が日本で初めての「手話スクール」を開講する。
  • 1975年(4月?) UHF局(テレビ神奈川)へのプロ野球リレーナイター供給を開始。
  • 1975年10月8、15日『水曜ロードショー』にて、名作映画『風と共に去りぬ』がテレビで世界初放映される(8日が前編、15日が後編)。[2]
  • 1976年11月25日 日本テレビ放送網文化事業団設立。「フランス美術賞展」などの美術展を開催。
  • 1977年3月20日 資本金を41億円に増資。
  • 1977年10月 視聴者参加型大型クイズ番組『アメリカ横断ウルトラクイズ』スタート(以後1992年まで毎年1回行われた)。
  • 1978年1月 開局25周年に伴い、シンボルマーク(社章)を変更。(「NTV」ロゴを丸で囲った物から、日本テレビの"日"と地球をメルカトル図法的にデザイン化したものに。放送では1992年夏頃まで、社の封筒では2003年夏頃まで使用されていた〈1992年以降は「なんだろう」のマスコットと一緒に〉。電子化以前の株券に使用されていたが、現在は社債のみに使用されてる。)
  • 1978年4月1日 無償新株式(1:0.1)発行。資本金が45億1000万円となる。
  • 1978年8月26日24時間テレビ 「愛は地球を救う」』スタート(以後、毎年8月に行われる)。
  • 1978年9月28日 世界初の音声多重放送実用化試験放送を開始。番組第1号は『ミセス&ミセス』。この日から、後楽園球場の巨人戦もステレオ放送になる(この日は対広島戦だった)。
  • 1979年3月5日ズームイン!!朝!』放送開始。
  • 1979年12月31日欽ちゃんの仮装大賞』スタート。

1980年代

  • 1980年2月9日 緊急警報放送の実験放送を開始。
  • 1980年 VTRカメラが初めてエベレストに登る。この登山のドキュメンタリー番組『生と死に賭けた36時間・これがチョモランマだ!』が高い評価を呼び、芸術祭テレビドキュメンタリー部門で優秀賞を獲得。
  • 1982年6月29日 高木盛久が社長に就任。
  • 1983年8月28日 開局30周年を機に正力松太郎会長の遺訓の中から社訓・信条を制定。
  • 1983年9月7日 テレビジョン同期放送の実験放送を開始。
  • 1983年12月31日 『全国高等学校クイズ選手権』スタート(以後1985年まで毎年2回、1986年より毎年1回行われる)。
  • 1984年 民放業界最大の規模のコンピュータグラフィックスシステムを完成。参議院選挙、衆議院総選挙などの報道で稼動。
  • 1985年1月24日 資本金を70億8560万円に増資。
  • 1985年5月20日 無償新株式(1:0.1)発行。
  • 1985年11月29日 文字多重放送の本放送を開始。
  • 1985年 日本テレビニューヨークスタジオ開設、生放送スタート。
  • 1987年1月2日3日 東京箱根間往復大学駅伝競走(箱根駅伝)中継放送開始。
  • 1987年10月5日 『ズームイン!!朝!』にて、SNGの実験運用を開始する。
  • 1987年10月 マイケル・ジャクソン横浜スタジアムでの来日公演を録画放送。
  • 1988年5月5日 エベレスト(チョモランマ)山頂から世界初の生中継を実施し、成功。日本中にこの模様が中継された(開局35周年記念企画「チョモランマがそこにある!」)。
  • 1988年5月20日 無償新株式(1:0.04)発行。
  • 1989年6月29日 佐々木芳雄が社長に就任。
  • 1989年 ヴァチカンにあるシスティーナ礼拝堂の壁画修復に着手。そのために支援を行う。修復は1994年まで続いた。
  • 1989年7月7日 SNG日本テレビサテライトネットワーク運営開始。
  • 1989年8月24日 クリアビジョン放送の本放送を開始。

1990年代

  • 1990年5月21日 無償新株式(1:0.05)発行。
  • 1991年8月1日 1単位の株式数を100株から10株に変更。
  • 1991年8月 『第3回世界陸上競技選手権東京大会』のホストブロードキャスターを務め、世界131ヶ国に鮮明な映像・音声を送る。
  • 1992年8月28日 開局40周年を記念して、スタジオジブリ制作のマスコットキャラクター「なんだろう」が登場。この「なんだろう」は、日本テレビのシンボルマークとして、企業ロゴが変わった現在でも使用されている(色は日本テレビ、BS日テレ、CS日本、RFラジオ日本のいずれも線の色1色をふち取りしたものとなっている。かつてはBS日テレは2000年12月1日の開局から1992年のなんだろうが登場したときから使われている緑色のものとなっていた。CS★日テレは光り輝く緑色のタイプとなっていた。)。
  • 1992年11月6日 SNGデジタル伝送実験局免許取得。氏家齊一郎が社長に就任。
  • 1994年 アール・エフ・ラジオ日本の株式を取得し、持分法適用関連会社とする。
  • 1994年11月24日 アナログハイビジョン実用化試験局免許取得(BS9チャンネル、アナログハイビジョン実験専用のNHKと民放の合同チャンネル)。第1回『流転の海』他を放送。
  • 1994年12月21日 日本テレビ郵便爆弾事件発生。
  • 1995年7月13日 ワイドクリアビジョン本放送開始。
  • 1995年 インターネットに日本テレビ公式webページ(http://www.ntv.co.jp/)を開設。
  • 1996年4月3日 CSデジタル放送「CS★日テレ」の委託放送業務認定取得、同年8月28日に放送開始。
  • 1996年 報道局にNNNニュースチャンネルを設置。「情報番組倫理ガイドライン」完成。
  • 1997年2月24日 CSデジタル放送(トライアルサービス)委託放送業務認定取得。
  • 1997年 NCN(日本テレビケーブルニュース)の24時間化に際し、チャンネル名を「NNN24」(NTV NONSTOP NEWS24)と改称(2005年12月1日に日テレNEWS24と名称変更)。
  • 1998年 照明業務と電源・空調の運用業務を関連会社2社に業務移管。NNN24が本放送を開始。技術展「NAB’98」で国際優秀賞を受賞。BS準備室の新設、ビーエス日本創立総会が開かれる。
  • 1999年 キャンペーン「日テレ営業中」がJR東日本ポスターグランプリ’99・駅サインボード部門《金賞》受賞。視聴者と直接意見の交流、「日テレ式フォーラム」開催(民放初の試み)。小林與三次本社取締役会長が死去。

2000年代

  • 2000年 汐留新社屋建設工事地鎮祭。インターネット事業会社「フォアキャスト・コミュニケーションズ」設立。日本データ放送株式会社(略称NDB・BSの940ch)設立。視聴者と直接意見の交流、日テレ「フォーラム2」開催、視聴者とテレビの信頼回復を目指す。CS準備室開設。NTT-ME、NTT東日本とともに、テレビ番組アニメなどの映像コンテンツをインターネット上で流通させるための市場、B-Bat構想を発表。高木盛久本社最高顧問・元社長が死去。ライブハウス「SHIBUYA-AX」オープン、Dragon Ashこけら落しを務めた。
  • 2000年12月1日 午前11時、系列のBSデジタル放送「BS日テレ」(デジタルBS4ch)放送開始。
  • 2001年 株式会社シーエス日本創立総会開催、21世紀型高機能放送発進。創業以来の大機構改革構想発表、CEO・COO制の導入、取締役会、執行役員会の二本柱で新しい経営体制の下、新世紀の活動をスタート。氏家齊一郎代表取締役社長が代表取締役会長兼グループCEO、間部耕苹専務取締役が代表取締役副会長兼グループEO、萩原敏雄専務取締役が代表取締役社長兼COOにそれぞれ昇格。BS日テレ新聞広告が読売広告大賞で金賞受賞。「NNNニュースダッシュ」のリアルタイム字幕放送を開始(BS日テレは2004年10月から)。
  • 2001年9月28日ズームイン!!朝!』終了 (後番組は 『ズームイン!!SUPER』)。
  • 2001年9月30日 開局以来、同局の放送開始、終了又は1日の起点時間に放送する『鳩の休日』を諸事情により休止。
  • 2003年7月 CIを導入。通称名を「日本テレビ」「NTV」から「日テレ」「NIPPON TELEVISION」へと変更、ロゴマークも「なんだろう」を継承するも、そのデザインも含め一新された。略称「NTV」の国内での使用も中止[3]し、国内での対外愛称は「日テレ」に統一。CI導入当初はクレジットに「製作著作 日本テレビ「日テレ(ロゴ)」と混乱防止の為に表記していたが、2005年10月より「製作著作「日テレ(ロゴ)」という表記になり、新ロゴへの移行をほぼ完了した[4]。ただ、BS日テレ(2008年3月末まで)・CS日本の社名ロゴは、従来の日本テレビの社名ロゴがそのまま踏襲されている。また、番組表等業務目的の略称としての「NTV」は引き続き使用されている。なお、2008年1月1日から「なんだろう」が消滅し「日テレ55」のクレジット表記(ロゴの色は「日テレ」部分は、「55」部分は)に変更された。これは、2008年8月28日に開局満55周年を迎えるためで、2009年3月までの限定使用となった。但し、東京ドームにある第2放送席の背後に書かれているロゴは、前代のロゴのままである。
  • 2003年10月25日 同局プロデューサーによる視聴率不正操作が発覚。翌月18日、取締役会において代表取締役3名の自主的降格および自主的役員報酬返上が承認される。これにより氏家齊一郎会長がグループCEO辞任、間部耕苹副会長がグループEO辞任・代表取締役社長へ降格、萩原敏雄社長が代表取締役副社長へ降格。
  • 2003年12月1日 午前11時、地上デジタルテレビジョン放送を開始。
  • 2004年2月29日 開局50年を機に放送センター・本社スタジオ機能が汐留に移転。地上デジタルテレビジョン放送・BSデジタル・CSデジタルを問わず全ての放送メディアにおいて、生放送のほとんど全ての番組がハイビジョン制作になる。同時にCS放送「NNN24」についてもハイビジョン制作率を大幅に拡大[5]。NNN24のハイビジョン制作の映像は、地上デジタル放送とBS日テレで見る事ができる。同時にアナログ・デジタル統合マスター(NEC製)の運用を開始。生テロップのフォントも変更。なお、汐留新社屋移転後も麹町の旧社屋は麹町分室として継続運用される。これにより、番組の送出マスターは地上波が汐留新社屋、BS・CSの衛星放送は麹町分室からの送出体制となった。
  • 2004年11月5日 読売新聞グループ本社マスコミ集中排除原則により、歴史的に第三者名義で実質保有してきた日本テレビ株につき、有価証券報告書を同グループ名義へと訂正、同社株は一時「監理ポスト」に割り当てられた(同年11月22日まで)。
  • 2005年6月29日 間部耕苹代表取締役社長が代表取締役相談役に、久保伸太郎が代表取締役社長に就任。
  • 2005年10月27日深夜 インターネットを利用したビデオ・オン・デマンドサイト「第2日本テレビ」がオープン。
  • 2005年12月1日 「NNN24」を「日テレNEWS24」に名称変更。
  • 2006年3月1日 「G+ SPORTS&NEWS」を「日テレG+」に名称変更(ロゴマークは変更なし)。
  • 2006年4月1日 地上デジタルワンセグの本放送を開始。
  • 2006年4月3日 サービスエリアである関東地区内の報道取材がほとんどハイビジョン化される。
  • 2006年4月12日 ポッドキャスティングでの動画配信に参入。
  • 2006年9月29日 全民放中の最長寿番組『NNNきょうの出来事』が終了し、52年の歴史に幕。 (後番組は『NEWS ZERO』)
  • 2007年4月2日 日本テレビの制作子会社4社の事業再編を実施、統括持株会社日テレ・グループ・ホールディングス」と技術・制作・イベント・美術の4事業会社によるグループ体制を開始。
  • 2008年4月1日 2001年9月30日まで、同局の放送開始、終了又は1日の起点時間に放送していた『鳩の休日』が、CG使用の15秒ショートバージョンで新たに復活する(地上波デジタル用はハイビジョン制作として初登場する)。
  • 2009年4月6日 開局以来初めてゴールデンタイムに生放送の帯番組『サプライズ』を編成。
  • 2009年11月1日 『祝10周年!!今夜嵐巻き起こせ…驚きの嵐世紀の大実験!!学者も予測不可能SP&奇跡呼ぶ実験的生ライブ!!』にて、嵐 (ジャニーズ)が行ったライブの一部をアナグリフ方式による3D映像として生放送する。

開局当日の編成(1953年8月28日)

  • 11:20放送開始 「開局記念式典」の実況中継
  • 11:50 祝賀舞踊「寿式三番叟」
  • 12:00に本来なら精工舎コマーシャル第1号が放映される予定だったが、フィルムを裏から写してしまい放送できなかった。
  • 12:00 歌の祭典
  • 12:30 記録映画「上代の彫刻」
  • 13:00 NTVニュース天気予報(ここで一旦放送中断。テストパターン画像が放送された)
  • 17:30放送再開 日本南方民謡集
  • 17:40 テレビ浮世絵
  • 17:55 リサイタル
  • 18:10 国際ニュース
  • 18:20 週間テレニュース
  • 18:40 記録映画「天竜川」
  • 19:00に精工舎のCMが放送された。これが実質的なコマーシャルの第1号。
  • 19:00 花競祝写絵
  • 19:45 劇場中継「ニューヨーク幻想曲」(会場:帝国劇場
  • 21:00 「開局記念式典」の録画中継
  • 21:15 テレニュース(これで放送終了)

沿革の補足

開局から1980年代まで

正式社名が日本テレビ放送網であるように、元々は一社で日本全国にテレビネットワークを形成することを目的として設立された。東京に中央放送局としてメインスタジオとマスターを置き、大阪や名古屋、札幌、福岡など主要都市に放送局を設置。拠点間は独自に通信網を設置してマイクロウェーブで結び、テレビ放送で使用しない帯域は通信目的として賃貸、またファクシミリ新聞などに使用する事としていた。同社は放送事業のみならず、通信事業の民営化も目指していたことになるが、この構想(正力構想と呼ばれる)は当時の郵政省に一蹴され、結局関東地区のローカルテレビ局として開局する事となる。正力構想が実現していれば、現在の日本国内の民放の仕組みは異なるものになっていた可能性がある。

開局当初、テレビ受像機のない家庭が殆どであったため、広告媒体としての民放テレビをアピールすべく、首都圏の主要箇所に街頭テレビを設置。テレビ普及に役立てた。また、麹町局舎横のテレビ塔を展望目的に一般へ公開。東京タワーができるまでは観光名所となっていた。

プロ野球やプロレス中継などのスポーツ番組や『なんでもやりまショー』などのバラエティー番組に強みを持ち、ラジオ東京テレビ(現在のTBSテレビ)開局後も営業成績では上回っていた。特に後楽園スタヂアム(現在の東京ドーム)と独占中継権を結んだのが有利に働いた。

日本民間放送連盟には、当初加盟しなかった。電波の送信もNHKや他の民放とは異なり、東京タワーではなく自社鉄塔からの送信を継続した。すべては自社こそテレビのパイオニアであることを自負していたからであるが、東京タワーより低い麹町の自社鉄塔からの送信は、局舎周囲に高い建物が増加するにつれ難視聴地域を拡大させた。このため、正力は新宿区東大久保に用地を確保。東京タワーの2倍の高さを誇る、通称「正力タワー」を構想するが、のちに頓挫する。

しかし、読売新聞社主の正力松太郎が社長を務めていることで、大阪の完全系列局である読売テレビの開局が「大阪読売新聞」の部数増に繋がったことなどの事例もあり、いくら強いコンテンツを持っていても「読売色」を警戒する地方局が多く、ネットワーク形成ではTBSの後手に回ってしまう。このため報道が手薄になり、かつ番組販売も芳しくなかった。加えて上記の通り難視聴地域が増加したこと、さらに肝心の自社制作番組そのものが不振となり、1960年代半ばから業績は下降。

正力の死後、粉飾決算の公表や東京タワーへの送信所移転、名古屋地区の単独ネット化、読売新聞への完全系列化、ラジオ日本との提携など正力の娘婿である小林與三次の手で改革が行われた。しかし、一連のバラエティー番組が気を吐いて視聴率は持ち直したものの、依然として巨人戦に頼った編成のため、全体ではまだ「民放の雄」と呼ばれたTBSに及ばずといった感は否めなかった。朝枠に情報番組を投入し、夕方の報道番組も強化。ようやく持ち直した視聴率も1980年代当時、「軽チャー路線」で成功し視聴率3冠王に輝いていたフジテレビの後塵を拝し、現場では「どうすればフジテレビに勝てるのか」を常に研究していたという。

1990年代以降

そんな中で日本テレビが打ち出したのがとにかく視聴者が興味を持つ内容を番組制作や内容に盛り込むことで、高い視聴率を確保しようというものである。また、視聴率を強調することも含めた形で始められた番宣バラエティ『TVおじゃマンボウ』を開始することで、視聴者へのPRを行った。

1990年代は1980年代末に発足した社内チーム「クイズプロジェクト」を機にバラエティ番組『クイズ世界はSHOWbyショーバイ!!』・『マジカル頭脳パワー!!』が登場。早朝5時台に『あさ天5』を立ち上げ、『ジパングあさ6』や『ズームイン!!朝!』など報道・ワイドショーが人気コンテンツとなる。1993年夏頃から、バラエティー番組や巨人戦中継などの人気番組を持つ日本テレビは、以前から「三冠王」だったフジテレビをついに追い抜くと、その勢いも次第に強まっていった。1994年~2002年に9年連続「年度視聴率四冠王」(ゴールデン・プライム・全日にさらにノンプライムを加えての表現)を達成した。更に、「月間四冠王」は46ヶ月連続となり、民放最高記録も樹立することを達成し、「民放界の雄」として一時代を築き、君臨し続けた。

しかし2003年度には、巨人戦視聴率の低下によるプライムタイムでの視聴率低迷の結果、「プライムタイム」が2位になり、「三冠王」の一角をフジテレビに奪われた。そして2004年度(2004年4月~2005年3月)の調査では、ついに全部門2位となり「三冠王」のタイトル全てをフジテレビに奪われた。2000年代は『火曜サスペンス劇場(火サス)』や『おもいッきりテレビ』・『きょうの出来事』といった長寿番組が終了し、リニューアルを図る。

2008年から2年連続でノンプライム帯での年間視聴率首位を獲得している。

特徴

日本テレビは日本のテレビ業界においても、新しい放送媒体を積極的に早く導入し、導入するや否やその媒体を用いた放送を業界では1番多くの時間放送している事でも有名である。カラー放送音声多重放送ワイドクリアビジョン放送、データ放送ワンセグ放送独自番組放送(非サイマル放送)も、日本の民放では日本テレビが初めてであった。最近ではBS11(日本BS放送)が中心となって普及を促進している、3D立体映像3Dコンソーシアム)にNHKテクニカルサービスと日テレの系列局でもある札幌テレビと共に参加している。

ビデオ・オン・デマンド事業にもテレビ局としては早く参入し、日本初のテレビ局主導のインターネット動画配信サービス第2日本テレビを運営している。完全無料化も功を奏し、テレビ局が運営するビデオ・オン・デマンドサービスの中で再生回数トップを誇り、2009年1月には単月黒字化に成功した。

ホームページの充実にも積極的に取り組んでおリ、公式ホームページアクセス数も在京民放テレビ局の中で首位を獲得している。

近年環境問題に関して積極的に取り組んでいる。2003年3月に「日テレ・エコ委員会」を発足させ、在京民放キー局として初めてISO環境マネジメントシステム規格ISO 14001の認証を取得したほか、2004年から毎年6月5日世界環境デーを含む1週間を「日テレ系ecoウィーク」と題し、期間中は番組やイベントを通して環境問題を提起している。

現在、東京民放キー局の中では唯一時代劇やサスペンスドラマ(火サス)・刑事ドラマの制作を行わず(いずれも制作を中止)、再放送枠も設けていない[6]。連続ドラマはヒット作には恵まれても制作数は少なめ。ドラマコンテンツはBS日テレや日テレプラスでも再放送している。海外ドラマについては韓国などアジア圏のドラマをBS日テレ等で放送するパイオニアでもある。1990年代以降の主な再放送枠で放送するコンテンツは、バラエティ番組や情報番組・連続ドラマの再放送やPR番組、アニメ(新作放映が中心)など。

在京キー局の中では系列局制作の番組が多いが、関東ローカル・日本テレビのみで放送する番組も多いのが特徴。また『歌スタ!!』は在京キー局の中で深夜番組としては最初にデータ放送を導入した番組である。

鉄道運行情報をデータ放送でお知らせしているテレビ局でもあるが[7]、JR線の運行情報をJR東日本公式でお知らせしているのは日本テレビだけである。[8]

かつては、他の民放キー局に比べて収入全体に占める放送収入の割合が著しく高い状態であったが、近年は映画事業通販事業、イベント・文化事業などによる放送外収入も好調である。

本社・支社所在地

本社

関西支社

歴代キャッチフレーズ

  • 1.2.3(ワン・ツー・スリー)!4(ヨン)チャンネルで楽しさ満開(1982年4月)
  • 読んでみる。4でみる。(1982年10月)
  • おもしろまじめに4チャンネル(1983年2月 - 1985年6月、小林完吾徳光和夫
  • 活火山です。4チャンネル(1985年7月 - 1986年2月、三宅裕司
  • 元気が大好き4チャンネル(1986年2月 - 4月)
  • わたしの好奇心4チャンネル(1987年4月 - 9月)
  • この春、プラス1(1988年4月)
  • ロマンリッチ4チャンネル(1988年10月 - 1989年9月)
  • 土、迫力。4チャンネル(1989年10月)
  • 3.14倍(当社比)の春です。(1990年3月、中畑清
  • 一秒ごとに、新製品です。(1990年4月)
  • ハートフルコミュニケーション。(1990年10月 - 1992年8月)
  • みんなのなかに、私はいます。(1992年8月 - 1993年12月、同時にマスコットキャラクター「なんだろう」が登場・なお、「みんなの中に~」は、青森放送テレビ金沢でもOPの局名告知後に流れていた。)
  • Virginから始めよう。(1994年1月 - 1995年3月)
  • それって、日テレ。(1995年4月 - 1996年3月)
  • そんなあなたも、日テレちゃん。(1996年8月 - 1997年7月)
  • 日テレちゃんパワー(1997年8月 - 12月)
  • 日テレ営業中(1998年1月 - 1999年8月)
  • 日テレ式(1999年9月 - 2001年3月、余談だが、この「日テレ式」は、1999年9月9日から放送されたが、当初は数字の語呂合わせでナイナイが言っていた。)
  • 日テレブランド?(2001年4月 - 2003年6月)
  • 日テレ(2003年7月 - 2004年1月、新CI導入に伴い)
  • &日テレ(2004年2月 - 2006年3月)、なお「&日テレ」は、BS日テレやCS日本を通じ全国でも見られる。)(例、○○○(番組名)も&日テレ)
  • 放送の情報だけ、番組のカタチがある「日テレ」(2006年4月 - 2006年9月)
  • 日テレちん(2006年10月 - 2009年3月、BS日テレでも視聴出来た。)
  • 日テレ55(GoGo)(2008年1月 - 2009年3月、日本テレビ開局55周年)
  • NITTELE SPRING(2009年4月1日 - 2009年4月30日、繋ぎ的に1ヶ月という短期間だけ使用された。)
  • 日テレダベア(NITTELE DA BEAR)(2009年5月 - 、日本テレビの新PRキャンペーンキャラクターとしてダベアが登場した。)

主なテレビ番組・日本テレビの番組

傾向

伝統的に、巨人戦を中心としたスポーツ中継やバラエティ番組を得意としており、1960年代から1970年代に掛けて『光子の窓』、『シャボン玉ホリデー』、『ゲバゲバ90分』などの名番組を制作。その後1980年代には目立つバラエティ番組が無く視聴率そのものも低迷した(詳しくは視聴率争いを参照)ものの1990年代にはその勢いを取り返した。その反面で一時期までは『ロンパールーム』や『カリキュラマシーン』などの教育番組にも取り組んだ。

アニメについても、『ルパン三世』、『それいけ!アンパンマン』や系列局読売テレビ制作の『名探偵コナン』、『夢色パティシエール』などを放送。スタジオジブリ制作の映画作品にも加わるなど、アニメ史に残る作品を輩出して来た。

しかし、前述のように2003年まで視聴率三冠王を達成してきた日本テレビも90年代の黄金期を築いた番組の視聴率が低下しはじめると、続々と人気番組の打ち切りを決定。 黄金期以前からの番組も例外ではなく、2001年3月に20年近く続いた平日午前のワイドショー『ルックルックこんにちは』を終了させたのを皮切りに朝の情報番組『ズームイン!!朝!』(22年)、サスペンスドラマ番組『火曜サスペンス劇場』(24年)、夕方の報道番組『NNNニュースプラス1』(18年)、お昼の生活情報番組『午後は○○おもいッきりテレビ』(20年)といった番組を次々と打ち切っていった。ついには52年間続いた民放テレビ局最長寿の報道番組『NNNきょうの出来事』にもメスが入り、結果ここ数年で日テレのタイムテーブルはほとんど塗り替えられた。

近年は同時期から開局当時からの「ドル箱番組」だった巨人戦中継の視聴率が低迷し、ついに2006年には年間平均視聴率が1桁を記録するようになった。これにより視聴率とスポンサーの点で特に大きく依存してきた日テレは大きなダメージを受けた。対策として東京ドームの巨人主催ゲームの数試合をNHKや他の民放に開放したり、あるいはBS日テレへ移行したりして地上波の中継は縮小傾向にある。

番組の開始時間を00分の定時ではなく、55分や57分などのいわゆるフライングスタートをキー局でいち早く導入した局であり[9]、現在では他局でも多用されているが、2008年10月からはテレビ東京と同じように、月~金曜日の21時枠の番組を20:54開始に統一すると言う思い切った編成も行っている[10]。しかし、系列局への配慮として20:54からは放送内容の告知を中心とした『もうすぐ○○(タイトル名)』と言う名称のミニ番組扱いとなり、実質21時から番組本編が始まる。ただし、特番の多い改編期は20:54から番組本編が始まる事もある。

ドラマ

1970~90年代初頭にかけ、当時のプロデューサー岡田晋吉を中心に『太陽にほえろ!』、『大都会シリーズ』、『俺たちの勲章』、『われら青春』、『俺たちの旅』といった刑事アクションや青春ドラマを量産。一時代を築くと共に、松田優作中村雅俊柴田恭兵ら多数のスターを発掘した。また、水谷豊主演による『熱中時代』、『事件記者チャボ!』などのスタジオドラマも軒並み高視聴率を獲得。これらの作品群は“日テレドラマ”と形容され、現在も高い評価を得ている。バブル崩壊以降は前述のようにバラエティ路線への偏向傾向が強まり、ドラマ枠そのものが次々に廃止される中で、社会現象となった『家なき子』や『金田一少年の事件簿』『ごくせん』などで堅調な成果を残し続けている。

2010年3月現在、全国ネットの連続ドラマ枠は水曜22時・土曜21時の2本。これは他局に比べて少ないが、高視聴率を記録するドラマも少なくない。日本テレビの主なテレビドラマの初回延長は原則15分である。

配役の傾向として、一度自社のドラマ、映画で好評だった俳優を多く起用する傾向があり、定期的に出演している。

再放送は2000年以降の作品を放送することが多く、それ以前のものを放送することはめったにない。本編放送後、翌週に再放送することもある。

日テレ名物の番組のテコ入れ

日本テレビの番組の特徴として、大規模なてこ入れが多いことがあげられる。

例えば『伊東家の食卓』は生活に役立つ「裏ワザ」を紹介する内容にしてから視聴率が上向き、『エンタの神様』は歌やマジックなどを取り入れた総合エンターテインメント番組からお笑いに特化した番組に変化することで視聴率が上昇。いずれの番組も開始から数ヶ月は不振だったものの新機軸を入れることにより視聴率が上向いた成功例として知られる。

しかし、てこ入れによってかえって視聴率を低下させることもしばしばで、例えば『ウッチャンナンチャンのウリナリ!!』では、「ウリナリ芸能人社交ダンス部SP」や「ポケットビスケッツ」等の企画が好評を博したが(「~社交ダンス部」のコンセプトはその後『シャル・ウィ・ダンス?~オールスター社交ダンス選手権~』に受け継がれる)、人気が低迷し「レギュラー陣入れ替え」をしたものの振るわず終了。

また、人気番組だった『クイズ世界はSHOW by ショーバイ!!』も、初代司会者逸見政孝ガン闘病による降板後番組名と内容変更を繰り返し番組コンセプトを見失ってしまい低迷し終了してしまった。

『伊東家の食卓』も放送10年目にリニューアルしたが、このときは「裏ワザ」がほとんど紹介されなくなり視聴率が低迷。もって半年後に終了してしまった。

系列局の制作番組

他のキー局に比べ、系列局(NNS)が全国ネットの番組を制作する機会が多い。

2010年3月現在、大阪の読売テレビのアニメ枠2本・『秘密のケンミンSHOW』(木曜21:00)・『ダウンタウンDX』(同22:00)・『木曜ナイトドラマ』(同23:58)、月曜から金曜昼の『情報ライブ ミヤネ屋』、土曜8:00からの『ウェークアップ!ぷらす』(一部地域を除く)などを制作。名古屋の中京テレビが『フットンダ』・『カウントダウン・ドキュメント 秒ヨミ!』(共に一部地域を除く)を制作している。

かつては深夜のバラエティー枠『ZZZ』を系列局に開放し、札幌テレビ(『爆笑問題のススメ』など)、山口放送(『三宅裕司のドシロウト』など)、テレビ岩手(『フライデーナイトはお願い!モーニング』)、広島テレビ(『松本紳助』など)、福岡放送(『新型テレビ』など)が制作に参加した。

また、系列の中には年1~2回のペースで全国ネットの単発番組を制作している局がある。

テレビの時刻出し

参考:時刻出し
Oha!4 NEWS LIVE』・『ズームイン!!SUPER』は本編のみ朝カスタムフォントで表示
『日テレNEWS24』・『NNNストレイトニュース』は本編のみ「日テレNEWS24」用フォントでの表示
ただし、以下の時間帯は表示オフ
『おもいッきりDON!1025』のアイキャッチ終了時(通常10:23:30) - 10:25:00
11:25:00 - 11:30:00(木・金のみ)
11:44:00 - 11:55:00
『おもいッきりDON!1025』・『おもいッきりDON!1155』内の一部コーナー(詳しくはこちらを参照。)
ズームイン!!サタデー』本編のみ朝カスタムフォントで表示
8:00:00 - 『ウェークアップ!ぷらす』本編開始までは表示オフ
  • 週末昼
    • 土曜日:11:25:00 - 11:33:30 ・12:00:00 - 12:00:03
    • 日曜日:11:30:00 - 11:44:00
『NNNストレイトニュース』は本編のみ「日テレNEWS24」フォントでの表示。
  • 夕方
平日:16:53:00(金曜日のみ17:00:00) - 18:57:55
NNN Newsリアルタイム』内:ただし、番組冒頭のOP[11]・日テレNEWS24アイキャッチ・一部コーナーは表示オフ
土曜日:なし
日曜日:18:00:00 - 18:00:03
  • 尚、当放送局のカスタム表示の導入は、在京広域局では最も遅かった。

アナウンサー

日本テレビのアナウンサーは、編成局コンテンツプロモーションセンターアナウンス部に所属する。

日本テレビの新人アナウンサーは他のキー局より比較的デビューが遅いといわれている。これは他局の新人アナウンサーのデビューが年々早くなっているためで、日本テレビでは新人アナウンサーの研修を旧来どおり秋ごろまで行ってからデビューという形をとっている。

男性

女性

元アナウンサー

局の特徴として、アナウンサーを放送とは直接関係ない別部署に異動させる事が多々ある。 そのため、このリストの中には現役の日テレ社員が多数いる。

現・報道局キャスター

ここでは報道局でニュースを担当するキャスター(元アナウンサー)を挙げる。

異動した元アナウンサー

男性
女性

退社したアナウンサー

男性
女性

日本テレビ制作スタッフ

アナウンサー以外で在籍した著名人

男性

女性

日本テレビの番組から誕生したユニット(歌手)

(『スター誕生!』出身者は除く)

イベント

通年開催されているイベント
期間限定イベント(終了含む)

ほか

制作映画

この節は執筆の途中です この節は執筆中です。加筆、訂正して下さる協力者を求めています

備考:最近の日本映画は「製作委員会方式」で作られる作品が主流で、日テレが制作・出資に関わる映画は、準キー局の読売テレビ放送、親会社の読売新聞、さらに基幹系列局も制作委員会に名を連ねている作品が多い。

経営幹部

役職

  • 局長
  • 局次長
  • 部長
  • 部次長
  • 担当副部長
  • 社員の種類
    • 正社員
    • 年契社員
    • シニア年契社員
    • 協力スタッフ(人材派遣会社からの派遣社員)

報道局

報道局は、政治部・経済部・社会部・外報部・映像取材部・ニュース編集部・報道番組部・ニュース制作部の8部署からなり、汐留・日テレタワー5階の報道局を中心に業務を行っている(報道フロア 340坪)。海外の放送局を模しレールカメラを配置した報道フロアをはじめ、パーマネントセットを配置した放送スタジオも完備している。CS放送・日テレNEWS24(旧NNN24)のスタジオもここにある。この報道局内設備もすべてHDに対応している。ニュース映像素材は最近ではHDカメラによる取材や現場からの中継も行っており、民放キー局としてはTBSテレビに次いで、報道取材においてのHDの導入が早く、今では日本テレビの放送エリア内の取材は、ほぼ全面的にHD化されている。

ちなみに、他にHDによるニュース取材は、日本テレビ系列では以下の局で行っているが、同系列だけでなく、他の民放系列局でも年々HD取材を行う局や、その割合を多くする局は非常に増えてきており、2011年のアナログ放送終了までには、報道取材も地方局、海外取材も含めて全面HD化になる様である。

札幌テレビ放送(STV、ただし道央圏を含め未だSD取材の比率が多い)・青森放送(RAB、県内と東京・大阪の支社支局網もHD化完了)・テレビ岩手(TVI)・秋田放送(ABS)・宮城テレビ放送(MMT)・テレビ新潟(Teny)・静岡第一テレビ(SDT)・北日本放送(KNB、県内全支社網もHD化完了)・テレビ金沢(KTK)・福井放送(FBC)・讀賣テレビ放送(ytv)・四国放送(JRT)・西日本放送(RNC)・広島テレビ放送(HTV)・山口放送(KRY)・南海放送(RNB)・高知放送(RKC)・福岡放送(FBS)
ここに載っていない他の同系列局も、HD取材を始めている所は多い。だが、支社・支局網を含めた報道取材の全面HD化は、局によってまちまちである。

他の地方民放局のHDで取材された映像も、インターネットで映像ファイルにて送ったり、NTTコミュニケーションズ等のハイビジョン・デジタル・ネット回線の上り送出回線やSNGによるハイビジョン中継車(衛星中継を含む)等が地方局に常設されていれば、日テレ制作報道番組での利用が容易に可能となる(HD-SNG中継車は共同購入により系列全局に配備されているが、送出回線についてはクロスネット局など一部の局ではSD画質のままである)。

報道スタジオは5階報道局に隣接して置かれ、サブは3つある。主にNEWS1サブでは地上波、NEWS2サブは日テレNEWS24で使用される。この他に素材収録用の簡易サブもある。

ニュース映像の収録編集は4階のCVセンターテロップCGなどの制作は4階のテロップセンター (日本テレビ)で行われている。

地方局が取材したニュースについては取材した系列局のテロップを「NNN」と併記して表示する(連名で表示する場合もある)。重大な事件・大規模な事故・災害の取材の際、地元局以外の系列局の支援を受け共同取材する場合や、高校野球等系列各局が集結して取材を行う場合は「NNN取材団」と表示する。この表示は地上波放送各種ニュース番組・日テレNEWS24ともにおこなわれている。

NNN系列各局や海外メディア配信へのニュース配信を行う「ニュースチャンネル」が6Fにある。 ニュース配信を行う送出設備の他VTR編集室・カメラ1台の顔出し設備がある。

選挙特番における出口調査を導入したのは日本テレビ報道局が初である。

番組については、一覧を参照。

バラエティー局・ドラマ局

2009年7月に発足した部署。2006年に従来の編成本部が制作局と名称を変え、その中の部署も一新された。実質、その編成本部の前の編成局が復活したようなもの。新しい部署として、「ドラマ制作部」、「CP班グループ」、「業務部」が作られた。また、新たに「スポーツ・情報局」が発足し、スポーツ番組や情報番組はこのスポーツ・情報局の担当となった。更に2009年7月の組織改正により制作局が廃止され、バラエティー局、ドラマ局に分割された。

日本テレビ・バラエティー局ドラマ局制作番組の分野別一覧」も参照

具体的に制作されている番組の種類は次の通り。

スポーツ局・情報エンターテインメント局

制作局と共に2006年に「スポーツ・情報局」として発足した部署。従来の編成本部の制作していたスポーツ番組や情報番組がこの部署の制作担当となった。その後、2007年7月の組織改正により、スポーツ局と情報エンターテインメント局に分割された。スポーツ局には「CP班グループ」と「スポーツ企画推進部」、情報エンターテインメント局には「CP班グループ」がそれぞれ作られた。具体的な制作番組については日本テレビ・スポーツ・情報局制作番組の分野別一覧も参照のこと。

具体的な制作番組は以下の通り。

1988年1990年2度に渡り帝拳プロモーション電通とのタイアップでマイク・タイソンを招聘し統一世界ヘビー級タイトルマッチを開催。

オープニング・クロージング

アナログ放送

  • 鳩の休日(開局~2001年9月・2008年4月~現在)
    • 初代はモノクロで放送用の周波数も表示していた。アナウンスは男性、女性の2バージョンあり。
    • 2代目はカラー。
    • 3代目は音声多重放送に対応したものに変更。映像は2代目と同じ。
    • 4代目はCGアレンジ(開局55周年に関連しての復活、2009年3月よりロゴを変更した現行のものに変更)。
    ナレーション:2代目・結城雅子アナウンサーといわれているが未詳、3代目・青尾幸アナウンサー(音声多重放送のアナウンスも担当)、4代目・藤井貴彦アナウンサー
    BGM作曲:深井史郎
  • NNN24ジャンクション(2000年1月17日~2001年9月)
    ナレーション:平川健太郎アナウンサー
  • クロージング(2000年1月~2001年9月)(※ナレーションなし)
  • 日テレブランド?バージョン(2001年10月~2003年6月)
    ナレーション:井田由美アナウンサー(現在は報道局所属)
  • 日テレバージョン(2003年7月~2008年3月)
    ナレーション:井田由美アナウンサー

デジタル放送

  • 新社屋静止画バージョン(2003年12月~2008年3月)(※映像に動きは無く、BGMも無い。また、「JOAX-DTV、ご覧のチャンネルは、日本テレビデジタルテレビジョンです。」と2回繰り返しアナウンスされる。)
  • 鳩の休日(2008年4月~)
    • ナレーション:藤井貴彦アナウンサー

事業所

本社
東京都港区東新橋1丁目6番1号 郵便番号:105-7444
麹町分室(旧本社屋)
東京都千代田区二番町14番地
関西支社
大阪市北区堂島2丁目2番2号 近鉄堂島ビル14階
名古屋支局
名古屋市中区錦3丁目23番31号 栄町ビル7階
那覇支局
那覇市泉崎1丁目10番3号 琉球新報ビル内

主なグループ会社

系列放送局各社に関しては、「NNN」及び「NNS」の項目を参照。

連結子会社

関連会社


スタジオ技術系協力会社

主な中継局

アナログ放送

  • 東京都
    • 大井町 70ch *品川区大井町地区では東京4chを視聴している家庭がほとんどである。
    • 八王子 35ch *八王子市周辺でも、東京4chを視聴している家庭が多い。
    • 多摩 51ch *多摩市周辺でも東京4ch視聴者が多い。
    • 新島 54ch(垂直偏波)
    • 八丈島 4ch
    • 三宅島 4ch
    • 小笠原父島 53ch
  • 茨城県
    • 水戸 42ch(垂直偏波)*水戸市周辺でも日立54ch視聴者が多い。
    • 鹿嶋 33ch
    • 日立 54ch
    • 高萩 53ch
  • 栃木県
    • 宇都宮 53ch
    • 日光 54ch
    • 矢板 36ch
  • 群馬県
    • 前橋 54ch
    • 富岡 53ch(垂直偏波)
    • 桐生 53ch
    • 沼田 53ch
  • 埼玉県
    • 児玉(熊谷・本庄) 53ch(垂直偏波)
    • 秩父 16ch
  • 千葉県
    • 成田 53ch
    • 銚子 53ch
    • 香取佐原 54ch
    • 勝浦 53ch
    • 館山 54ch(垂直偏波)
  • 神奈川県
    • 山下町 71ch *東京4ch視聴者多し。
    • 横浜みなと 54ch *東京4ch視聴者多し。
    • 久里浜 41ch(北方向は水平偏波・西方向は垂直偏波)
    • 平塚 35ch(垂直偏波)*地域によっては東京4ch視聴者が多い。
    • 小田原 54ch
    • 湯河原 53ch

文中の70・71chは難視聴対策のためのSHF放送。

デジタル放送

  • 茨城県
    • 水戸 14ch
    • 日立 14ch
  • 栃木県
    • 宇都宮 34ch
    • 矢板 19ch
  • 群馬県
    • 前橋 33ch
    • 沼田 25ch
  • 埼玉県
    • 秩父 25ch
  • 千葉県
    • 銚子 25ch
  • 神奈川県
    • 平塚 25ch(垂直偏波)
    • 小田原 25ch

情報カメラ設置ポイント

●…ハイビジョンカメラ

現在

過去に設置

沖縄県に日本テレビ系列局が存在しない理由

沖縄県はアメリカ占領下の1960年前後に相次いで開局した沖縄テレビ琉球放送の2局とも拘束性の強い単独ネットで開局した。前者はフジテレビとの資本提携で開局し、九州などの第2局がフジテレビ・日本テレビ・テレビ朝日の3局クロスで開局したのを尻目に、NHK沖縄放送局の前身の沖縄放送協会開局後、1969年に正式に単独ネット局に。後者は草創期の九州のネット回線の都合からTBS系列に加盟しJNN協定でクロスネットが認められなかったためであった。なお、沖縄テレビを開局させた同社初代社長、具志頭得助氏はフジテレビの前に日本テレビを訪れ、「時期尚早」と断られている[12]

その後1989年に設立され、日本テレビ系列の南西放送を開局する予定だったが、民放テレビ第3、4局の周波数が割り当てられていたこともあり、琉球朝日放送テレビ朝日系列)とともに1995年秋の同時開局が有力視されていた。ところが、日本テレビの沖縄進出凍結に伴って計画は頓挫し、1999年には沖縄県の民放テレビ第4局用の周波数割当そのものが取り消された。(宮崎県内でも、3局目を日本テレビ系で開局する予定で社屋用地も取得していたが、諸事情で計画が頓挫し周波数割当そのものが取り消された)

現在は日本テレビで放送されている番組の一部は沖縄テレビ(フジテレビ系列)(『土曜サスペンス劇場』→『ドラマ・コンプレックス』→『火曜ドラマゴールド』、『NTV土曜ドラマ』などの番組提供付きの番組などを放送)と琉球放送(TBS系列、一時期は「木曜スペシャル」を同時ネットしていたが、現在は主に夕方枠・深夜枠でローカル扱いの番組で放送)で放送されている。またCS★日テレで日本テレビの番組を沖縄でも見ることができたが、2000年9月の放送終了に伴い、ほとんどの日本テレビの番組がリアルタイムで見られなくなってしまった。

関連項目

ウィキニュース
ウィキニュースに関連記事があります。

NNS非フルネット(マストバイ)局

クロスネット局(太字はメインの系列)

  • テレビ大分フジテレビ系列とのクロスネット局・NNS非フルネット(マストバイ)局)
  • テレビ宮崎フジテレビ系列・テレビ朝日系列とのトリプルクロスネット局:NNNには加盟しているが、NNSには非加盟)

その他

脚注

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外部リンク


日本テレビ放送網

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