ヤハウェについての最新情報、関連する画像や動画を紹介。(出典:Wikipedia)
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ヤハウェ(YHVH, YHWH, JHVH, JHWH, IHVH, יהוה , yahweh) は、旧約聖書中の、神(結果的には唯一神)を表すヘブライ語の単語を、推定の上、音訳したものである。 この4つの子音は「神聖四文字(テトラグラマトン Τετραγράμματον 、ギリシャ語で『四つの文字』の意)」とも呼ばれる。
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呼称
日本語ではヤハウェの他にヤハヴェ(YaHVeH ヘブライ文字 ו [w]は現代ヘブライ語読みで/v/と発音)、ヤーウェ(YaHWeHのaHを長母音として音写)などの表記が用いられる。また、ユダヤ人たちの間では、後述するように直接ヤハウェの名を口にするのは恐れ多いと考えられ、神聖四文字を「אדני」(アドナイ)と読み替えていた。YHWHに「アドナイ」の母音符号をつけると、エホウァやエホバ(YeHoVaH)となるのでそのように読まれることもある。
アドナイ、主
日本語訳聖書では、前述のユダヤの慣例を踏襲し、アドナイの訳語である「主」と訳すのが一般的である。日本聖書協会発行の『口語訳聖書』や『新共同訳聖書』、カトリック系の『バルバロ訳』などがこれである。ただし『新共同訳』では『創世記』第22章14節でのみ「ヤーウェ」とする。これはいわゆるイサクの燔祭の行われた「イエラエ」の地名を説明するために発音を示したものである。
またプロテスタント福音派系の『新改訳聖書』では太字で「主」とする。これは一般名詞としての主と、「文語訳ではエホバ[1]と訳され、学者の間ではヤハウェとされている主の御名を」「訳し」[2]た「主」とを区別するためである。
ヱホバ、エホバ
「エホバ」系の表記を採用するものもある。1887年日本聖書協会発行の『文語訳聖書』(明治元訳聖書)ではヱホバとなっている。[3]また、エホバの証人の翻訳による『新世界訳聖書』ではエホバが用いられる。[4][5]
ヤーウェ、ヤハウェ
「ヤハウェ」系の表記を採用するものは少数派であるが、カトリックの『フランシスコ会訳聖書』ではヤーウェである。また無教会派の関根正雄による旧約聖書ではヤハウェ、『中公バックス 世界の名著 13 聖書』(ISBN 978-4-12-400623-0)の中沢洽樹による旧約聖書では「ハ」を小書きにしたヤハウェが用いられている。また前述の通り『新共同訳』では一部ヤーウェとあるほか、巻末収録の用語解説でヤハウェの読みも紹介している。
エル、エロヒム、エル・シャダイ、神
旧約聖書では他に「神」という一般名詞であるエル(古典的なヘブライ語発音でエール)やその複数形エロヒム、またはエローヒーム、エロヒーム(אלהים)などもヤハウェの呼称として用いられるが、一般に日本語訳聖書ではこれらの音訳は使用せず、これに相当する箇所は漢訳聖書での訳語を踏襲し神とするものが多い。また、「全能・満たすもの」を意味するとされるシャダイの語を付してエル・シャダイとした箇所は全能の神などと訳される。
エロヒムの訳語としての「神」
[6]「神」の字が、ヘブライ語の"אלהים"または"אלוהים"、ギリシャ語の"Θεός"、英語の"God"の訳語に当てられたのは、近代日本でのキリスト教宣教に先行していた清におけるキリスト教宣教の先駆者である、ロバート・モリソン(英語版記事:Robert Morrison)による漢文聖書においてであった。しかしながら訳語としての「神」の妥当性については、ロバート・モリソン死後の1840年代から1850年代にかけて、清における宣教団の間でも議論が割れていた。
大きく分けて「上帝」を推す派と「神」を推す派とが存在したが、和訳聖書の最も重要な資料と推定される、モリソン訳の流れを汲むブリッジマン・カルバートソン訳は、「神」を採用していた。ほとんどの日本語訳聖書はこの流れを汲み[7]、「神」が適訳であるかどうかをほぼ問題とずに[8]、こんにちに至るまで「神」を翻訳語として採用するものが圧倒的多数となっている。
Jupiterの奪格(~から)Jove[ヨーウェ]
ローマ神話のジュピターの変格形。 ジュピターの語自体が他の印欧語族の天空神(インド神話のデャウス、ギリシア神話のゼウス、北欧神話のテュールなど)と起源、語源を共有する「父なるデャウス」を意味するデャウス・ピター(Dyaus Pita)から派生している。 ディオやゼウスなどの語自体で「神」を意味するため、同じ語源の言葉と考えられる。
概説
ユダヤ教成立以前の信仰をヤハウェ信仰と呼ぶ。ヤハウェは、元来はシナイ山で信仰された山の精(ジン)などを指したのではないかと考える者もいる。ヘブライ人がカナンの地を侵略、定着する過程で、先住民カナン人の最高神であるエルやバアルの性格を取り入れ、後にバビロン捕囚などを経てユダヤ教が成立してゆく過程において唯一絶対神の性格を帯びるようになったとする説もある。四資料説においては、「エル」を神の呼称とする資料(エロヒム資料)に比べ、ヤハウェを神の名とする資料(ヤハウェ資料)は新しく、祭儀を祭司階級に担われたものと考える点などにおいて、先行資料と異なっている。
旧約聖書に於けるヤハウェは唯一神であり全世界の創造神とされ「宇宙の最高原理」のようなもので、預言者を除いた一般人にとっては、はっきりしない存在であるが、むしろ自ら人間たちに積極的に語りかけ、「妬む」と自称するほど感情的であり、創世記のとおり人類はヤハウェに似せて造られたことが伺える。ただし、広義では他の生物、物質も人類と性質が似ており、人類がヤハウェに似ていることは宇宙空間全体の事象に帰納できる。また、『創世記』第32章第31節~や『出エジプト記』第4章第24節~などには自ら預言者たちに試練を与える場面もあり、ヘブライ人たちがヤハウェを決してはっきりしないというだけではなく、預言者を通じて実在感のある存在と捉えていた事がわかる。
キリスト教における神の名の扱い
キリスト教においてもヤハウェは神の名と考えられる場合がある。すでに『ヨハネによる福音書』で「エゴー・エイミ・ホ・オーン」(Ἐγώ εἰμί ὁ ών、「私は在る」の意)という言葉はイエスと結び付けられ、その神性を現す意図で多用されている。「私は在る」とは『出エジプト記』第3章第14節においてヤハウェが名乗ったもので、イエスはこれを多用して自分がヤハウェと密接な関係にある事を暗に示したのである。正教会において、イエスのイコン、とりわけ自印聖像においてその光輪にギリシア文字 "Ο・Ω・Ν"(ὁ ών 『在るもの』) を記す習慣もこれに関連する。
三位一体の教説が成立して以降、ヤハウェを単に神の名とするにとどまらず、特定の位格と結びついた名として捉える論考が現れる。一般に、西方教会においてはヤハウェ(ラテン語文献では多く「エホバ」)を父なる神と同一視することが多く、対して東方教会においてはヤハウェはイエス・キリストの神格における名であると考えられることがある。
最近の動向として、2008年6月29日付でバチカンの教皇庁典礼秘跡省は「教皇の指示により神聖四文字で表記されている神の名を典礼の場において用いたり発音したりしてはならない」との指針を示した。教皇庁はこの指針の中で、近年の神の固有名を発音する習慣が増加している事態に対して懸念を表明し、神聖四文字については「ヤーウェ」「ヤハウェ」「エホバ」などではなく、「主」と訳さなければならないと述べ、神の名を削除するよう求めている。これを受けて日本のカトリック司教協議会は、祈りや聖歌において「ヤーウェ」を使用してきた箇所を原則として「主」に置き換えることを決定した(一例として「主ヤーウェよ」と呼びかける部分は「神である主よ」とされた)。このようなキリスト教の主流派の動向とは対照的に、エホバの証人は「神の固有名を発音しようとしないことは人間の伝統に基づいたもので,聖書の教えに基づくものではない」とし、神の固有名を用いることがクリスチャンの信仰にとって極めて重要であるという姿勢を取り続けている。
発音について
現在、ユダヤ教徒が一般生活において、יהוהを「ヤハウェ」と呼ぶことはない。かわりに「アドナイ」(אֲדֹנַי [’Ăḏōnay] 『主』)あるいは「ハ・シェム」(הַשֵּׁם [haš Šēm] 『御名』)などの呼称を用いる。これは、モーセの十戒により、ヤハウェをみだりに唱えてはいけないとされたためである。
しかし、古くはこの名は自由に口にされていたようである。南ユダ王国崩壊からバビロン捕囚までの時代に書かれた『ラキシュ書簡』にも יהוה は頻繁に現れており、この名がこの時代に至ってもなお口にされていたことがわかる。また、それ以後にもこれを記した史料は散見される。
それがいつ頃から口にされなくなったのか正確には判らない。しかし、紀元前3世紀初めごろから翻訳の始まった『七十人訳聖書』では、原語のヘブライ語での יהוה が置き換えられ、ほとんどの箇所で「主」を意味するキュリオス (Κύριος) と訳されている(ただし『第二イザヤ書』では前述の通り「私はヤハウェである」が「エゴー・エイミ・ホ・オン」すなわち「私はある」と意訳されている)。つまり、この頃にはこの名が「主」を意味するアドナイと読み替えられていたのであり、バビロン捕囚以後の300年ほどの間にそのまま発音することがタブーとされるようになったと考えられる。
ヘブライ文字では母音を記さず、また、その後古典ヘブライ語が日常言語としては死語となってしまったため、ついには正確な発音が忘れ去られるに至った。後にヘブライ文字に母音を表記する方法が考案された際、聖書のこの名が記されている箇所には、アドナイと読み替える前提でその母音が付けられた。そのため、 יהוה つまりYHWHという子音の綴りに、アドナイ( ’Ăḏōnay )の母音 (-ă -ō -a) を付けてエホバ (Yəhōvah) と読む誤読が発生した。なお、文法上、ヘブライ文字yには弱母音のă(ア)を付けられないため、曖昧母音のə(エ)で発音される。
では、実際にはこれはどう発音されていたのか。現在の学者は、元来の神名はヤハウェという意見でほぼ一致している。
人名などの要素として用いられる יהוה の略称は「ヤ」 ( יָה [yāh])、「ヤフ」 (יָהוּ [yāhû])等であり、ここから最初の母音はaであったと推測できる。 また、古代教父によるギリシア文字転写形として Ιαουε (ヤウェ?)、Ιαβε (ヤヴェ?)があり、これらからYHWHの本来の発音はYahweh、あるいはYahvehであったと推測されている。
意味について
古くからヤハウェの名は、「存在」を意味する語根(√היה [√hyh])と関連づけて解釈されてきた。これは『出エジプト記』第3章第14節で、ヤハウェがモーセに応えて「私は在りて在るものである」 (אֶהְיֶה אֲשֶׁר אֶהְיֶה [’ehyeh ’ăšer ’ehyeh])と名乗った事に由来する。
この「私は在る」(אֶהְיֶה [’ehyeh])という一人称・単数・未完了相の動詞を三人称・単数・男性・未完了相の形「彼は在る」にするとיִהְיֶה [yihyeh]となり、יהוהと似た形になる。ここから、ヤハウェの名はイヒイェの転訛で「実在するもの」「ありありと目の前に在るもの」などの意味だと解釈されてきた。
ヘブライ人は誓言の時に「主は生きておられる」という決まり文句を使っていたが、ここからも彼らがヤハウェを「はっきりしないとはいえ、生々しく実在するもの」と捉えていた事がわかる。はっきりしているのは、創世記の冒頭により、ユダヤ教徒(キリスト教徒、イスラム教徒)は、闇が主要素となる宇宙空間を構築した正体を、ヤハウェ(ゴッド、アラー)であると考えている点である。
また、היהのヒフイル(使役)態の三人称・単数・男性・未完了相の形が、יַהְיֶה [yahyeh]となり、ちょうど「ヤハウェ」と同じ母音の組み合わせになる。ここからその名を「在らしめるもの」「創造神」とする解釈もある。
脚注
参考文献
- 旧約新約聖書大事典編集委員会編 『旧約新約聖書大事典』 教文館、1989年、ISBN 4-7642-4006-8。
