マツモトキヨシについての最新情報、関連する画像や動画を紹介。(出典:Wikipedia)

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株式会社マツモトキヨシ
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マツモトキヨシ本社
種類株式会社
市場情報
東証1部98751999年8月~2007年9月25日
略称マツキヨ、マツモトキヨ
本社所在地〒270-8501
日本 千葉県松戸市新松戸東9番地1号
設立1954年1月8日
(1932年12月26日創業)
(1975年4月3日株式会社化)
業種小売業
事業内容ドラッグストア、ホームセンターチェーンの展開
代表者隼田登志夫(代表取締役社長)
資本金210億86百万円(2006年3月31現在)
売上高単体3,186億円、連結3,454億円
(2007年3月期)
従業員数正社員/3,558名 パート/4,023名(8時間換算)合計/7,581名
(2009年4月)
決算期毎年3月31日
主要株主マツモトキヨシホールディングス 100%
主要子会社関連会社の項目を参照
関係する人物松本清(創業者)
外部リンクwww.matsukiyo.co.jp
 Template‐ノート:基礎情報 会社 

株式会社マツモトキヨシ(英文表記:Matsumoto Kiyoshi Co.,Ltd.)は、ドラッグストア(薬店)チェーン日本最大手企業。マツモトキヨシホールディングスの子会社にして、マツモトキヨシグループの中枢を担っている。現在の社長は隼田登志夫。創業者・松本清の三男、松本鉄男が取締役を務める[1]。略称マツキヨ。本社所在地は千葉県松戸市新松戸東9番地1(旧・幸谷)。

目次

概要

主に関東地方(千葉県・東京都など)にて小規模店舗を、全国の郊外においてロードサイド店舗を主力に展開している。また、2005年8月にはドラッグストア業界で初めて電子マネーEdy[2]を導入している。

マツモトキヨシの各店舗には、その店が何号店であるかが店頭に明記されている(例:300号店の場合…No.300号店)。また、1号店を出店する際に、見栄を張って店頭に「21号店」と書いていた。柏で開店した「21号店」は現在は閉店しているため、小金にある「22号店」が事実上の第1号店舗として認知されている。

また、プライベート・ブランドとして「MK CUSTOMER(エムケーカスタマー)」を発売しており、医薬品・化粧品・雑貨・食品と4つのカテゴリーに分けて展開している[3]。 なお、「MK CUSTOMER」はマツモトキヨシだけでなく、グループ会社や提携先企業の店舗で取り扱っている。

社名(屋号)の由来

社名の「マツモトキヨシ」は創業者の名前・松本清(後の松戸市長、「すぐやる課」で有名)による。これは、松本が千葉県議時代に選挙対策として、自分の名前を覚えてもらう為、店名に自らの名前を付け、横文字風にカタカナにしたという。

テレビCM

  • 優香山口もえ藤崎奈々子本仮屋ユイカなどを起用し、ブレイクの礎を築いた。
  • 他にはチンパンジーを起用し、ユニークなCMとして注目されたこともある。また、その時期には、関東キー局のみであるが「CHIMPAN NEWS CHANNEL」のスポンサーともなっていた。
  • なお、チンパンジー出演のものは後からイー・モバイルが一見すると似たCMを放送し問題となったが、マツモトキヨシの場合はかつてを店内に飼っていたことがある[4]点も由来と思われ、時期も事情も異なっており無関係である。
  • CMの趣旨としては、セルフメディケーションの推進を強調していることが多い。

展開する事業

マツモトキヨシ茨木阪急本通店(大阪府茨木市)
マツモトキヨシ茨木阪急本通店(大阪府茨木市)
1000店目となったマツモトキヨシ京都新京極店(京都市)
1000店目となったマツモトキヨシ京都新京極店(京都市)
マツモトキヨシ姫路駅前店(兵庫県姫路市)
マツモトキヨシ姫路駅前店(兵庫県姫路市)
マツモトキヨシ友部東平店(茨城県笠間市)
マツモトキヨシ友部東平店(茨城県笠間市)
Medi+マツキヨウメ地下店(大阪市北区)
Medi+マツキヨウメ地下店(大阪市北区)

ドラッグストア事業が中心であり、売上高の9割以上を占める。2005年8月からはドラッグストアのフランチャイズ展開を始めたほか、2006年3月にはエキナカ向けの新型店舗を出店している。

1990年代まで、本社のある地元松戸市や隣の柏市および流山市では、ドラッグストア事業だけでなく、スーパーマーケット事業とホームセンター事業も有名であり、当時松戸市周辺では、マツモトキヨシといえばドラッグストアとスーパーマーケット両方のイメージが強かった。特に南柏駅前は、東口と西口それぞれの徒歩3分以内の場所にスーパーがあったこともある(両店とも現在はドラッグストアに転換)。

ホームセンター事業は継続しているが、スーパーマーケット事業については、競争激化に伴い2006年8月20日をもって撤退した。スーパーマーケットだった店舗は、その多くが完全にドラッグストアに転換しているが、中には柏市を基盤とするスーパーマーケットの「おっ母さん食品館」と共存しているところもある。

2006年3月13日、新業態の「COS-MEDI Station」を開店。また2009年7月13日には医薬品に特化した新業態のコンビニ型ファーマシー「Medi+マツキヨ」の展開を開始した。

2008年7月1日、北関東・東北・北海道を中心とした当社店舗70店を、吸収分割によりエムケイ東日本販売へ譲渡している。以降に開店した同地域の店舗はエムケイ東日本販売が運営している。

詳細は「エムケイ東日本販売」を参照

沿革

1930年代

1950年代

  • 1954年1月 - 有限会社マツモトキヨシ薬店設立。

1970年代

  • 1975年4月 - 株式会社マツモトキヨシに改組。(当時の保有店舗数72店舗)
  • 1976年9月 - スーパーマーケット事業に進出、大金平店(千葉県松戸市)を薬店から業態変更してスーパーマーケットとする。
  • 1978年10月 - コンビニエンスストア事業に進出、ベンリー新松戸店(千葉県松戸市)を開店。

1980年代

  • 1981年 - 100店舗達成。
  • 1983年頃 - 本社屋と旧水戸街道を隔てた八坂神社(現・北小金サティの場所)の巨木が倒れ社屋に激突。社員負傷、社屋の一部損壊。
  • 1983年8月 - チラシ配布業を目的とする株式会社ユーカリ広告を買収する。(現・連結子会社)
  • 1984年10月 - 生命保険並びに損害保険の代理業を営む株式会社マツモトキヨシ保険サービスを設立する。(現・連結子会社)
  • 1985年5月 - 医薬品の配置販売を目的とするマツモトキヨシ薬品株式会社を設立する。(現・連結子会社)
  • 1987年7月 - 上野アメ横店開店(都市型ドラッグストアの先駆け)。
  • 1988年11月 - ホームセンター事業に進出。ホームセンター南増尾店(270号店)開店。

1990年代

  • 1990年8月 - 日本証券業協会(JASDAQ、現・ジャスダック証券取引所)へ株式を店頭登録
  • 1991年11月 不動産業を営むマツモトキヨシ不動産株式会社を設立。(現・連結子会社)
  • 1993年10月 - 本社を小金(宮元町)から幸谷(新松戸東)に移転。薬剤師のいない店が発覚。薬事法違反容疑
  • 1994年3月 - ロードサイド型店舗第1号店となるドラッグストア柏加賀店開店。(342号店)
  • 1994年8月 - 調剤薬局第1号店となる調剤薬局北松戸店開店。(348号店)
  • 1995年3月 - 売上高業界第1位。
  • 1995年11月 - 株式会社丸和運輸機関(桃太郎便)の物流センターによるアウトソーシング共同配送体制をスタート。
  • 1996年4月 - テレビコマーシャルを開始。
  • 1996年4月 - 群馬県太田市に群馬県1号店となるドラッグストア太田宝町店開店。(392号店[5]
  • 1996年11月 - 栃木県足利市に栃木県1号店となるドラッグストア足利朝倉店開店(424号店)、薬粧部門として関東全都県に出店を果たす。
  • 1998年11月21日 - 宮城県仙台市に宮城県1号店となる仙台十字屋店(仙台駅前十字屋百貨店1階テナント)(567号店、現在は閉店[6]
  • 1998年12月 - 建設業を営む株式会社エムケイプランニングを設立。(現・連結子会社)
  • 1999年7月 - 新潟県1号店となるドラッグストア新潟駅パティオ東店(621号店、現在は閉店)
  • 1999年8月 - 東京証券取引所一部上場。

2000年代

※ここでいう「フランチャイズ契約」とは、当社のフランチャイズ・パッケージによるドラッグストア事業を行うフランチャイズ契約を指す。

店舗非進出の県

マツキヨポイントカード

  • カード型
店頭で申し込めば即日発行ができ、現金での支払いでポイントが貯まる「現金ポイントカード」とクレジットカード一体型で、商品券がもらえたり、カウンセリング化粧品(チェーン化粧品)の割引サービスが受けられる「メンバーズクレジットカード」(発行や審査はオリコが担当)の2種類がある。
ポイントカードを携帯電話に格納できるため、電子マネー(Edyなど)を併用すれば携帯電話のみで支払とポイント加算という一連のレジ作業が完了できる。

脚注

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関連会社

関連項目

外部リンク

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