矢部浩之についての最新情報、関連する画像や動画を紹介。(出典:Wikipedia)

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矢部浩之
本名同じ
ニックネームやべっち、べーやん
生年月日1971年10月23日(38歳)
出身地 日本 大阪府吹田市
血液型A型
身長172.5cm(公称)
方言大阪弁
最終学歴大阪府立茨木西高等学校
出身NSC大阪校9期
コンビ名ナインティナイン
相方岡村隆史
芸風漫才コント
立ち位置
事務所吉本興業
活動時期1991年 - 現在
同期くりぃむしちゅーキャイ〜ン
宮川大輔 ほっしゃん。など
現在の代表番組やべっちFC
過去の代表番組特に無し
配偶者未婚
親族矢部美幸(実兄)
受賞歴
1999年:第23回日本アカデミー賞 話題賞(俳優部門)
 Template‐ノート:Infobox お笑い芸人 

矢部 浩之(やべ ひろゆき、1971年(昭和46年)10月23日 - )は、日本お笑い芸人

目次

概要

大阪府吹田市出身。血液型A型。身長172.5センチメートル、体重58.1キログラム。独身。お笑いコンビナインティナイン」のツッコミ担当。

相方は岡村隆史吉本興業(東京本社)所属で、吉本総合芸能学院(NSC)の第9期生。

実兄は元・お笑いコンビ「ちゃんねるず」のメンバーで元ファンタスタープロモーション代表取締役社長、現在はヴィズミックスター常務取締役の矢部美幸(よしゆき)で、元NSCの7期生(同期は雨上がり決死隊など)だった。

愛称は「やべっち」、「ヒロくん」、「やえちん」、「べーやん」、「浩之さん森泉二人称として使用。)」、船越英一郎からは「矢部ちゃん」、岡村からは「矢部さん」や「相方」と呼ばれる。高校時代は兄・美幸がいたため「矢部ジュニ」(岡村ほか高校時代の先輩から)と呼ばれていた。

来歴・人物

  • 小学生4年の時にサッカーを始める。当時の夢は、ヤンマーディーゼルサッカー部(現セレッソ大阪)に入団する事か、動物園のオオカミの飼育員であった。サッカーの腕前は本物らしく『めちゃイケ』においていくつかの大学からの誘いがあったことが明らかにされた。吉本博物館には『サッカー地区選抜』のセレクションに挑んだが周りのレベルの高さを知り、挫折したと紹介されている。当時好きな選手は楚輪博であった。
  • 1998年のFIFAワールドカップフランス大会で、当時初出場であった日本の初戦である対アルゼンチン戦を観戦したことでも知られる。
  • NSC入学願書の自己PR欄には「のろくてどんくさいけど体はじょうぶである。タフである。気が長くてやさしい。アレルギー体質でヒフがちょっと弱い。」と書いていた。
  • 吉本印天然素材時代は目立たない存在で、ボケもツッコミも上手くできず、いじられキャラだったという。
  • その後ナインティナインがブレイクするに従い、若手随一の「仕切り」の名手となり現在に至る。放送作家の高須光聖と同じ吉本印天然素材のメンバーであり同期の宮川大輔が共演したラジオ番組で、それぞれ「ほんまに巧くなった」(高須)、「あの人(の努力)はすごい」(宮川)と評価していた。
  • 勉強は不得手で、大学受験(甲子園大学栄養学部)に失敗し、進学を諦めてお笑い芸人の道を選んだという経緯がある。「めちゃ×2イケてるッ!」のテスト企画では、常に最下位から数えて3番目。このため、同番組ではことあるごとに「プッチバカ」「御三家」等と言われている。特に英語が苦手とされ、それを示す具体例として、国際線の機内で機内食の希望について『か』と英語で質問され、矢部は『(salmon)』を頼むつもりで『Japanese shake(シャケ)』と答えたため、意図と全く無関係な『日本酒(sake)』を出され、訂正することもできずに仕方なくその日本酒を飲み、同行していた周囲のスタッフらから不思議な目で見られた、というエピソードが相方から度々紹介されている。(下から3番目とはいっても主に下から2番目だった人からは常に50点くらいの点差はつけていた)
  • 後輩の芸人たちに対して面倒見のいい親分肌であり、羽振り良く食事に連れて行くことが多い。後輩たちからは「兄様(にいさま)」と呼ばれ慕われている。矢部が主催する芸人の飲み会(合コン)は「矢部会」と言われる。
  • を噛む癖があり、手を口の前に持ってきたまま笑っている姿がよく見られる。また、甲高い笑い声が特徴的で、よくものまねの対象になる(原口あきまさ山口智充ら。また、岡村に対する「岡村っさ~ん」という呼びかけもよくものまねされる)。
  • 以前は高校の先輩である岡村に対し敬語で喋っていたが(「岡村さん」という呼び方もその名残である)、先輩芸人からのアドバイスを受け、タメ口にした。しかし、高校時代の思い出話になると途端に敬語に戻ってしまう事をタモリに突っ込まれていた。
  • 髪の色を茶色に染めているが、これは若白髪で白髪染めを使用しているためである。
  • 以前は八重歯があったが、ドラマ『天気予報の恋人』の撮影に入るにあたり差し歯にして見た目を美しく整えた。その間は、歯が抜けた姿でTV出演していた。
  • 自身のラジオ番組では、時期外れの映画の話題作を賞賛したり、突然「落ち武者を見たことがある」「俺は身体が柔らかい」「俺ソーセージは焼かなあかんのよ」などと口走るなど、奇妙な言動をしては相方やリスナーたちにからかわれている。
  • 相方・岡村隆史からは「ステューシーさん」「ポロラルフローレン君」「ローレックス」「吉本のブラピ」 「吉本のチャーリー・シーン」 「ヒステリックグラマー」などとネタにされている。
  • 映画『メッセンジャー』(ホイチョイプロダクション)で平成11年(1999年)第23回日本アカデミー賞 話題賞(俳優部門)を受賞。
  • 2006年7月から9月まで放送されたドラマ『花嫁は厄年ッ!』でドラマでは仲の悪い親子役だったが、母・安土幸恵役を演じていた岩下志麻とメル友になり、2007年のバレンタインデーにチョコメールをもらった。
  • 「第2の石原裕次郎オーディション」の書類審査を突破したことがある。
  • 布施明錦野旦と同じ美容室に通っている。布施には「ドラマで共演している篠原涼子と仲良くなれない」などと漏らしていた、と暴露された(「めちゃイケ」2007年1月20日放送)。
  • 約15年交際していた女性がいたが、なかなか結婚しようとしない事を他の芸人や岡村に度々いじられてきた。一方で合コンで女性をお持ち帰りする現場などが写真週刊誌に度々報道された。2007年5月に破局し、その記者会見を6月20日に開いた(2007年6月30日放送の「めちゃイケ」の収録を兼ねて)。破局の原因は、矢部曰く「プロポーズしたが、遅すぎた」とのこと。
  • 恋人と破局した同時期に15歳年下の弟が結婚するという電話が『めちゃイケ』の収録中に来た。その影響で「色とり忍者」の矢部のキーホルダーの部分に弟の写真を貼り付けて発売した(本来は本人の写真の予定であって、その他のメンバーは各々の写真だった)。
  • ナインティナインのオールナイトニッポン」で「両親が贅沢をしたがって自分に仕送りをせがんで来て困る」等しばしばネタにしている。ある時、父親からの度々の仕送りの催促に「もう、あかん!」と拒絶すると、父親から30過ぎにして「勘当や!」とマジギレされた(本当に勘当された訳ではない模様)。
  • 好きな食べ物は納豆。嫌いな食べ物はきのこ(「ぐるぐるナインティナイン」の企画で毒キノコを食べさせられたのが原因)。「ぐるぐるナインティナイン」の企画で「催眠術できのこ克服」というのをやり、見事エノキタケを食べていたが、のちに「かかったフリをしていた」ことを『オールナイトニッポン』で暴露。
  • 相方の岡村と共に“アナログ芸人”と自称しており、パソコンネットといった話題には疎いがネットオークションは好きらしい。
  • ガンバ大阪安田理大からは、同じ吹田市出身として「吹田の星」と尊敬されている。
  • ヘビースモーカーである(一日に平均70本も吸うほど)。
  • 大のサザンオールスターズファンで、好きな曲は「マンピーのG★SPOT」。
  • 生粋のSで短気であり小池栄子と殴りあったことがある、めちゃイケにおいては雛形あきこと並ぶドSキャラである。
  • 身長はラジオ番組[要出典]で自ら172.5であると公称しているが、ジャングルTV タモリの法則レギュラー出演時に身長を計測したところ171センチメートルと計測されていた。
  • 2010年2月11日、『常滑親善大使』に就任した。

出演

コンビとしての出演はナインティナインの項目を参照。

スポーツ

ドラマ

映画

単発・スペシャル

人生最大のサプライズ プロポーズ大作戦!(2007年12月01日、2008年03月28日、TBS系)

CM

外部リンク

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