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グレートブリテン及び北アイルランド連合王国
United Kingdom of Great Britain and Northern Ireland
イギリスの国旗イギリスの国章
国旗国章
国の標語 : Dieu et mon droit
フランス語 : 神と私の権利)
国歌 : 神よ女王陛下を守り給え
イギリスの位置
公用語英語
首都ロンドン
最大の都市ロンドン
政府
国王エリザベス2世
首相ゴードン・ブラウン
面積
総計244,820km²76位
水面積率1.3%
人口
総計(2008年61,565,000人(22位
人口密度246人/km²
GDP(自国通貨表示)
合計(2008年1兆4,429億[1]UKポンド
GDPMER
合計(2008年2兆6,740億[1]ドル(5位
GDPPPP
合計(2008年2兆2,305億[1]ドル(6位
1人当り36,522[1]ドル
建国1801年グレートブリテンおよびアイルランド連合王国建国。1927年に現在の名称に変更。
通貨UKポンドGBP
時間帯UTC ±0(DST: +1)
ISO 3166-1GB / GBR
ccTLD.uk
.gb - 使用は.ukに比べ圧倒的少数。
国際電話番号44
英語以外での正式国名:An Rìoghachd Aonaichte na Breatainn Mhòr agus Eirinn mu Thuathスコットランド・ゲール語
Teyrnas Gyfunol Prydain Fawr a Gogledd Iwerddonウェールズ語
Ríocht Aontaithe na Breataine Móire agus Tuaisceart na hÉireannアイルランド語
Unitit Kinrick o Great Breetain an Northren Irelandスコットランド語

グレートブリテン及び北アイルランド連合王国(グレートブリテンおよびきたアイルランドれんごうおうこく、:United Kingdom of Great Britain and Northern Ireland)、通称イギリスは、イングランドスコットランドウェールズ北アイルランドから構成されている王国であり、英連邦王国の一国である。上記のほかにも、海外領土を有する。

ヨーロッパ北西部の島国である。国家体制は国王国家元首とし、議院内閣制に基づく立憲君主制である。国際連合安全保障理事会常任理事国の一つである。公用語である英語は実質上世界共通語としての機能を果たしており、広大な英語圏を形成している。しばしば、老大国と称される。

大航海時代を経て、世界屈指の海洋国家として成長。西欧列強のひとつとして世界に植民地を拡大し、超大国として栄えた時代を大英帝国と呼んだ。19世紀には世界の過半を影響下におき、パックスブリタニカ(イギリスによる平和)と呼ばれる比較的平和な時代をもたらしたが、第二次世界大戦を機に植民地の大部分を失い衰退し、現在に至る。

目次

国名

正式名称は、United Kingdom of Great Britain and Northern Irelandである。the United Kingdomthe UKとも略される。

日本語では、グレートブリテン及び北アイルランド連合王国あるいはグレートブリテン及び北部アイルランド連合王国と表記される[2]。通称は、イギリス英国(えいこく)が一般的。と略される。他に連合王国ブリテンUKとも呼ばれる。漢字による当て字は、英吉利と表記される[3]

安土桃山時代南蛮貿易を通してイングランドを表すオランダ語のEngels(エンゲルス)またはポルトガル語のInglês(イングレス)の名称が日本に伝わり、それが訛って「エゲレス」または「イギリス」という読みと「英吉利」という当字が用いられるようになった。その後幕末における徳川幕府との開国等に関する交渉の際には、猊利太尼亜(ぶりたにあ)や諳尼利亜(あんぐりあ)と呼称されていた。「グレートブリテン」はイングランドのほかに、スコットランド及びウェールズを含み、「連合王国」はこれにさらに北アイルランドが加わる。しかし、「連合王国」は、マン島及びチャネル諸島は含まない。

英語話者が"UK"を指して"England"と称することが(特に口語で)あるが、「政治的に正しくない」として公式な場では控えられる傾向にある。連合王国全体を指して「グレートブリテン」と呼ぶことも、その本来の意に含まれない北アイルランドのユニオニストから批判されることがあるが、連合王国政府は連合王国全体を指す語として使うことがある(例えば、自動車に使われているEUのナンバープレートでは、加盟国略号を"GB"としている)。またスコットランド人ウェールズ人には、民族的アイデンティティを無視した単語として"British"と呼ばれることを嫌う人もいる(もちろん彼らを"English"と呼ぶのはタブーである)。国全体、個々の地域、またそこに暮らす人々をどう呼ぶべきかという問題は、個々人の政治的価値観や歴史観を含むため複雑であり、個々人やマスコミによって様々な見解がある。BBCがスコットランド人やウェールズ人を"British"という単語で表さない原則を表明した直後、「タイムズ」は社説でBBCの決定を批判し、その後も"British"という単語をスコットランド人やウェールズ人に対して用いている。

地理

イギリスはグレートブリテン島イングランドウェールズスコットランド、およびアイルランド島北東部の北アイルランドで構成されている。この2つの大きな島と、その周囲大小の島々をブリテン諸島と呼ぶ。グレートブリテン島は中部から南部を占めるイングランド、北部のスコットランド、西部のウェールズに大別される。アイルランド島から北アイルランドを除いた地域はアイルランド共和国がある。

イングランドの大部分は岩の多い低地からなり、西から東へと順に並べると、北西の山がちな地域(湖沼地帯のカンブリア山脈)、北部(ペニンネスの湿地帯、ピーク・ディストリクトの石灰岩の丘陵地帯。パーベック島、コッツウォルズリンカーンシャーの石灰岩質の丘陵地帯)から南イングランドの泥炭質のノース・ダウンズ、サウス・ダウンズ、チルターンにいたる。イングランドを流れる主な河川は、テムズ川セヴァーン川、トレント川、ウーズ川である。主な都市はロンドンバーミンガムヨークニューカッスル・アポン・タインなど。イングランド南部のドーヴァーには、英仏海峡トンネルがあり、対岸のフランスと連絡する。イングランドには標高 1000m を超える地点はない。

ウェールズは山がちで、最高峰は標高 1,085m のスノードン山である。本土の北にアングルシー島がある。ウェールズの首都また最大の都市はカーディフで、南ウェールズに位置する。

スコットランドは地理的に多様で、南部および東部は比較的標高が低く、ベン・ネビス山を含む北部および西部は標高が高い。ベン・ネヴィスはイギリスの最高地点で標高 1343 m である。スコットランドには数多くの半島、湾、ロッホと呼ばれるがあり、グレート・ブリテン島最大の淡水湖であるネス湖もスコットランドに位置する。スコットランドの西部また北部の海域には、ヘブリディーズ諸島オークニー諸島シェットランド諸島を含む大小さまざまな島が位置する。スコットランドの主要都市は首都エディンバラグラスゴーアバディーンである。

北アイルランドは、アイルランド島の北東部を占め、ほとんどは丘陵地である。中央部は平野で、ほぼ中央に位置するネイ湖はイギリス諸島最大の湖である。主要都市はベルファストデリー

現在イギリスは大小あわせて1098ほどの島々からなる。ほとんどは自然の島だが、いくつかはクランノグといわれる、過去の時代に石と木を骨組みに作られ、しだいに廃棄物で大きくなっていった人工の島がある。

イギリスの大半はなだらかな丘陵地及び平原で占められており、国土のおよそ90%が可住地となっている。そのため、国土面積自体は日本のおよそ3分の2(本州四国を併せた程度)であるが、可住地面積は逆に日本の倍近くに及んでいる。

気候

イギリスの気候は2つの要因によって基調が定まっている。まず、メキシコ湾流に由来する暖流の北大西洋海流の影響下にあるため、北緯50度から60度という高緯度にもかかわらず温暖であること、次に中緯度の偏西風の影響を強く受けることである。以上から西岸海洋性気候 (Cfb) が卓越する。大陸性気候はまったく見られず、気温の年較差は小さい。

メキシコ湾流の影響は冬季に強く現れる。特に西部において気温の低下が抑制され、気温が西岸からの距離に依存するようになる。夏季においては緯度と気温の関連が強くなり、比較的東部が高温になる。水の蒸散量が多い夏季に東部が高温になることから、年間を通じて東部が比較的乾燥し、西部が湿潤となる。

降水量の傾向もメキシコ湾流の影響を受けている。東部においては、降水量は一年を通じて平均しており、かつ、一日当たりの降水量が少ない。冬季、特に風速が観測できない日には霧が発生しやすい。この傾向が強く当てはまる都市としてロンドンが挙げられる。西部においては降水量が2500mmを超えることがある。

首都ロンドンの年平均気温は10.0度、年平均降水量は750.6mm。1月の平均気温は4.4度、7月の平均気温は17.1度。

歴史

詳細は「イギリスの歴史」を参照

ワーテルローの戦いでのイギリスを始めとする連合軍による勝利によって、ナポレオン戦争は終止符が打たれた。
ワーテルローの戦いでのイギリスを始めとする連合軍による勝利によって、ナポレオン戦争は終止符が打たれた。

1066年ウィリアム征服王 (William the Conqueror) がイングランドを制圧し、大陸の進んだ封建制を導入して、王国の体制を整えていった。人口、経済力に勝るイングランドがウェールズ、スコットランドを圧倒していった。

1282年にウェールズ地方にもイングランドの州制度がしかれ、1536年には正式に併合した。1603年にイングランドとスコットランドが同君連合を形成、1707年、スコットランド合併法(1707年連合法)により、イングランドとスコットランドは合併しグレートブリテン王国となった。さらに1801年には、アイルランド合併法(1800年連合法)によりグレートブリテン王国はアイルランド王国と連合し、グレート・ブリテンおよびアイルランド連合王国となった。ウィンザー朝ジョージ5世1922年に北部6州(北アイルランド; アルスター9州の中の6州)を除く26州が、アイルランド自由国として独立した。1927年に現在の名称へと改名した。

1897年の帝国植民地・自治領。このほかにもブラジルなどに非公式帝国があり、1920年には史上最大の帝国になった。
1897年の帝国植民地・自治領。このほかにもブラジルなどに非公式帝国があり、1920年には史上最大の帝国になった。

イギリスは世界に先駆けて産業革命を達成し、19世紀始めのナポレオン戦争後は七つの海の覇権を握って世界中を侵略し、カナダからオーストラリアインド香港に広がる広大な植民地を経営し、奴隷貿易が代表するような搾取を繰り広げイギリス帝国を建設した。しかしイギリスの世界覇権は第一次世界大戦までで、二度の大戦を経てその後はアメリカが強大国として台頭する。

第二次世界大戦直後、労働党クレメント・アトリー政権がゆりかごから墓場までをスローガンにいち早く福祉国家を作り上げたが、階級社会の伝統が根強いこともあって経済の停滞を招き、1960年代以降は「イギリス病」とまで呼ばれる不景気に苦しんだ。

1980年代マーガレット・サッチャー首相が経済再建のために急進的な構造改革(民営化行政改革規制緩和)を実施し、大量の失業者を出した。地方経済は不振を極めたが、ロンドンを中心に金融産業などが成長した。1990年代、政権は保守党から労働党のトニー・ブレアに交代し、イギリスは市場化一辺倒の政策を修正した第三の道への路線に進むことになった。このころからイギリスは久しぶりの好況に沸き、「老大国」のイメージを払拭すべくクール・ブリタニアと言われるイメージ戦略、文化政策に力が入れられるようになった。

政治

詳細は「イギリスの政治」、「イギリスの憲法」をそれぞれ参照

政体は立憲君主制をとっている。一つに成典化された憲法典はなく、制定法(議会制定法だけでなく「大憲章(マグナ・カルタ)」のような国王と貴族の契約も含む)や判例法、歴史的文書及び慣習法(憲法的習律と呼ばれる)がイギリスの憲法を構成している。国家元首はイギリス国王であるが、権力は首相内閣とによって行使される。憲法を構成する慣習法の一つに、国王について、「国王は君臨すれども統治せず」とあり、伝統の中に築かれた民主主義が見て取れる。憲法を構成する法律は、他の法律と同様、議会で修正が可能なため軟性憲法と呼ばれる。

イギリスの議会は、上院(貴族院)と下院(庶民院)の二院制である。日本なども採用する政治形態の議院内閣制が発祥、発達した国であり、行政の長である首相は通常慣例に従って下院第一党党首を国王が任命、閣僚は議会上下両院の議員から選出される。下院は単純小選挙区制による直接選挙で選ばれるが、上院はその正式名称の通り貴族が議員となっているので直接選挙は無い。近年、従来右派の保守党と左派の労働党による二大政党制化して来たが、近年では第三勢力の自由民主党(旧自由党の継承政党)の勢力も拡大している。

1996年北アイルランドに、1999年にはスコットランドウェールズに議会が設置され、自治が始まった。スコットランドではスコットランド国民党による独立運動が起きており、北アイルランド紛争も問題となっている。

地方行政区分

国会議事堂として利用されるウェストミンスター宮殿は、時計塔ビッグ・ベンと共にロンドンを代表するシンボルである。
国会議事堂として利用されるウェストミンスター宮殿は、時計塔ビッグ・ベンと共にロンドンを代表するシンボルである。

詳細は「イギリスの地方行政区画」を参照

連合王国の地方行政制度は次の各地方によって異なっている。

以下はイギリスには属さない王室属領(Crown dependency)であるが、外交権等はイギリスに委ねられている。

主要都市

イギリスは四つの非独立国であるイングランドスコットランドウェールズ北アイルランドより構成される。それぞれの国は首都を持ち、ロンドン(イングランド)、エディンバラ(スコットランド)、カーディフ(ウェールズ)、ベルファスト(北アイルランド)がそれである。中でもイングランドの首都であるロンドンは、イギリスの首都としての機能も置かれると同時に、同国最大の都市としてニューヨークパリ東京と共に世界四大都市に挙げられる。

都市行政区分人口都市行政区分人口
1ロンドンイングランド7,172,09111コヴェントリーイングランド303,475
2バーミンガムイングランド970,89212キングストン・アポン・ハルイングランド301,416
3グラスゴースコットランド629,50113ブラッドフォードイングランド293,717
4リヴァプールイングランド469,01714カーディフウェールズ292,150
5リーズイングランド443,24715ベルファスト北アイルランド276,459
6シェフィールドイングランド439,86616ストーク・オン・トレントイングランド259,252
7エディンバラスコットランド430,08217ウォルヴァーハンプトンイングランド251,462
8ブリストルイングランド420,55618ノッティンガムイングランド249,584
9マンチェスターイングランド394,26919プリマスイングランド243,795
10レスターイングランド330,57420サウサンプトンイングランド234,224
2001年国勢調査

4位以下の都市人口が僅差であり順位が変わりやすい。2006年はロンドンバーミンガムリーズグラスゴーシェフィールドの順となっている。

経済

詳細は「イギリスの経済」を参照

ロンドンは欧州最大の金融センターであり、世界ではニューヨーク、東京に次いで3番目の大きさである。
ロンドンは欧州最大の金融センターであり、世界ではニューヨーク東京に次いで3番目の大きさである。

首都ロンドンシティは、世界三大証券取引所の一つに挙げられるロンドン証券取引所がある。また、地元イギリスをはじめ世界各国の金融機関のオフィスが数多くあり、ヨーロッパの金融取引の中心的存在である。

18世紀産業革命以降、近代において世界経済をリードする工業国で、造船航空機製造などの重工業から金融業やエンターテイメント産業に至るまで、様々な産業が盛んである。しかしながら、19世紀後半からはアメリカ合衆国ドイツの工業化により世界的優位は失われた。

イギリスの金融資本は自国内の製造業への投資より、アメリカ合衆国や植民地への投資を優先したため、イギリス製造業はしだいにドイツ・フランスやアメリカ合衆国に立ち後れるようになってゆく。20世紀に入るころより国力は衰え始め、二度の世界大戦は英国経済に大きな負担を与えた。各地の植民地をほとんど独立させた1960年代後半には経済力はいっそう衰退した。

戦後の経済政策の基調は市場と国営セクター双方を活用する混合経済体制となり、左派の労働党は「ゆりかごから墓場まで」と呼ばれる公共福祉の改善に力を入れ、保守党も基本的にこれに近い政策を踏襲、1960年代には世界有数の福祉国家になった。しかし、景気回復になんら実用的な手立てを打たなかったために、継続的な不況に陥り、企業の倒産やストが相次いだ。20世紀初頭から沈滞を続けたイギリス経済は深刻に行き詰まり、イギリス病とまで呼ばれた。

1979年に登場したサッチャー政権下で国営企業の民営化や各種規制の緩和が進められ、1980年代後半には海外からの直接投資や証券投資が拡大した。この過程で製造業や鉱業部門の労働者が大量解雇され、深刻な失業問題が発生。基幹産業の一つである自動車産業の殆どが外国企業の傘下に下ったが、外国からの投資の拡大を、しだいに自国の産業の活性化や雇用の増大に繋げて行き、その後の経済復調のきっかけにして行った(ウィンブルドン現象)。

その後、1997年に登場したブレア政権における経済政策の成功などにより、経済は復調し、アメリカや他のヨーロッパの国に先駆けて好景気を享受するようになったが、その反面でロンドンを除く地方は経済発展から取り残され、貧富の差の拡大や不動産価格の上昇などの問題が噴出してきている。 さらに、2008年にはアメリカ合衆国サブプライムローン問題の影響をまともに受けて金融不安が増大した上に、資源、食料の高騰の直撃を受け、アリスター・ダーリング財務大臣が「過去60年間で恐らく最悪の下降局面に直面している」と非常に悲観的な見通しを明らかにしている[4]

鉱業

イギリスの鉱業は産業革命を支えた石炭が著名である。300年以上にわたる採炭の歴史があり、石炭産業の歴史がどの国よりも長い。2002年時点においても3193万トンを採掘しているものの、ほぼ同量の石炭を輸入している。北海油田に隣接するため原油の採掘量は1億1000万トンに及び、これは世界シェアの3.2%に達する。最も重要なエネルギー資源は天然ガスであり、世界シェアの4.3%(第4位)を占める。有機鉱物以外では、世界第8位となるカリ塩 (KCl) 、同10位となる塩 (NaCl) がある。金属鉱物には恵まれていない。最大の鉱でも1000トンである。

農業

最も早く工業化された国であり、現在でも高度に工業化されている。農業の重要性は低下し続けており、GDPに占める農業の割合は2%を下回った。しかしながら、世界シェア10位以内に位置する農産物が8品目ある。穀物ではオオムギ(586万トン、世界シェア10位、以下2004年時点)、工芸作物では亜麻(2万6000トン、5位)、テンサイ(790万トン、9位)、ナタネ(173万トン、5位)、ホップ(2600トン、6位)である。家畜、畜産品では、ヒツジ(3550万頭、7位)、羊毛(6万5000トン、5位)、牛乳(1480万トン、9位)が主力。

貿易

イギリスは産業革命成立後、自由貿易によって多大な利益を享受してきた。ただし、21世紀初頭においては貿易の比重は低下している。2004年時点の貿易依存度、すなわち国内総生産に対する輸出入額の割合は、ヨーロッパ諸国内で比較するとイタリアと並んでもっとも低い。すなわち、輸出16.1%、輸入21.3%である。

国際連合のInternational Trade Statistics Yearbook 2003によると、品目別では輸出、輸入とも工業製品が8割弱を占める。輸出では電気機械(15.2%、2003年)、機械類、自動車、医薬品、原油、輸入では電気機械 (16.3%)、自動車、機械類、衣類、医薬品の順になっている。

貿易相手国の地域構成は輸出、輸入ともヨーロッパ最大の工業国ドイツと似ている。輸出入とも対EUの比率が5割強だ。輸出においてはEUが53.4%(2003年)、次いでアメリカ合衆国15.0%、アジア12.1%、輸入においてはEU52.3%、アジア15.1%、アメリカ合衆国9.9%である。

国別では、主な輸出相手国はアメリカ合衆国(15.0%、2003年)、ドイツ (10.4%)、フランス (9.4%)、オランダ (5.8%)、アイルランド (6.5%)。輸入相手国はドイツ (13.5%)、アメリカ合衆国 (9.9%)、フランス (8.3%)、オランダ (6.4%)、中華人民共和国 (5.1%) である。

通貨

EU加盟国ではあるが、通貨ユーロではなくUKポンド (GBP) が使用されている。補助単位はペニーで、1971年より1ポンドは100ペンスである。かつてポンドはUSドルが世界的に決済通貨として使われるようになる以前、大英帝国の経済力を背景に国際的な決済通貨として使用された。イギリスの欧州連合加盟に伴い、ヨーロッパ共通通貨であるユーロにイギリスが参加するかどうかが焦点となったが、イギリス国内に反対が多く、通貨統合は見送られた。イングランド銀行が連合王国の中央銀行であるが、スコットランド北アイルランドでは地元の商業銀行も独自の紙幣を発行している。イングランド銀行の紙幣にはエリザベス女王が刷られており、連合王国内で共通に通用する。スコットランド紙幣、北アイルランド紙幣ともに連合王国内で通用するが、受け取りを拒否されることがある。

企業

詳細は「イギリスの企業一覧」を参照

外交と軍事

イギリス首相ゴードン・ブラウンとアメリカ大統領バラク・オバマ
イギリス首相ゴードン・ブラウンとアメリカ大統領バラク・オバマ

詳細は「イギリスの国際関係」、「イギリス軍」をそれぞれ参照

イギリスは安全保障理事会の常任理事国であり、G8NATOEUの加盟国である。そして、アメリカ合衆国と歴史的に「特別な関係」を持つ。アメリカ合衆国とヨーロッパ以外にも、イギリスと密接な同盟国は、連邦国と他の英語圏の国家を含む。イギリスの世界的な存在と影響は、各国との相補関係と軍事力を通して拡大されている。それは、世界中で約80の軍事基地の設置と軍の配備を維持していることにも現れている。[5]

バッキンガム宮殿の衛兵交代式
バッキンガム宮殿の衛兵交代式

イギリスの軍隊は「イギリス軍」(British Armed Forces) または「陛下の軍」(His/Her Majesty's Armed Forces) として知られている。しかし、公式の場では「アームド・フォーシーズ・オブ・ザ・クラウン」(Armed Forces of the Crown) と呼ばれる。[6]全軍の最高司令官はイギリスの君主であるが、首相が事実上の指揮権を有している。軍の日常的な管理は国防省に設置されている国防委員会によって行われている。

イギリスの軍隊は各国の軍隊に比べて広範囲にわたる活動を行い、世界的な戦力投射能力を有する軍事大国の1つに数えられ、国防省によると軍事費は世界で2位を誇る。現在、軍事費は2.5%のGDPを占めている。[7]イギリス軍はイギリス本国と海外の領土を防衛しつつ、世界的なイギリスの将来的国益を保護し、国際的な平和維持活動の支援を任ぜられている。

2005年の時点で陸軍は102,440名、空軍は49,210名、海軍海兵隊を含む)は36,320名の兵員から構成されており、イギリス軍の190,000名が現役軍人として80か国以上の国に展開、配置されている。[8]

アフガニスタンに派遣されたイギリス陸軍
アフガニスタンに派遣されたイギリス陸軍

イギリスは核の保有を認められている5カ国の1つであり、核弾頭搭載のトライデント II 潜水艦発射弾道ミサイル (SLBM) を運用している。イギリス海軍は、トライデント IIを搭載した原子力潜水艦4隻で核抑止力の任務に担っている。イギリス海軍の軽歩兵部隊であるイギリス海兵隊は、水陸両用作戦の任務が基本であるが、イギリス政府の外交政策を支援するため、軽歩兵部隊の特性を生かして海外へ即座に展開できる機動力を持つ。

イギリス軍の幅広い活動能力にも関わらず、最近の国事的な国防政策でも協同作戦時に最も過酷な任務を引き受けることを想定している。[9]イギリス軍が単独で戦った最後の戦争はフォークランド紛争で、全面的な戦闘が丸々3か月続いた。現在はボスニア紛争コソボ紛争アフガニスタン侵攻イラク戦争など、アメリカ軍やNATO諸国との連合作戦が慣例となっている。

交通

鉄道

詳細は「イギリスの鉄道」を参照

近代鉄道の発祥の地であり国内には鉄道網が張り巡らされ、ロンドンなどの都市には地下鉄網が整備されているが、1960年代以降は設備の老朽化のために事故が多発し、さらに運行の遅延が常習化するなど問題が多発している。

小規模の民間地方鉄道の運営する地方路線の集まりとして誕生したイギリスの鉄道は、19世紀から20世紀前期にかけて、競合他社の買収などを通じて比較的大規模な少数の会社が残った。1921年にはついにロンドン・ミッドランド・アンド・スコティッシュ鉄道ロンドン・アンド・ノース・イースタン鉄道グレート・ウェスタン鉄道サザン鉄道の4大鉄道会社にまとまり、これらは1948年に国有化されてイギリス国有鉄道 (BR) となった。しかし199497年にBRは、旅客輸送・貨物輸送と、線路や駅などの施設を一括管理する部門に分割されて民営化された。

1994年開業したイギリス、フランス両国所有の英仏海峡トンネルは、イングランドのフォークストンからフランスのカレーまで、イギリス海峡の海底130mを長さ50.5kmで走る3本の並行したトンネルからなる。1本は貨物専用で、残り2本は乗客・車・貨物の輸送に使われる。このトンネルを使ってセント・パンクラス駅からはヨーロッパ大陸との間を結ぶユーロスターが運行され、パリブリュッセルリールなどのヨーロッパ内の主要都市との間を結んでいる。

航空

ブリティッシュ・エアウェイズで活躍した、超音速輸送機コンコルド。2003年11月26日、ロンドン・ヒースロー空港からブリストルへの最終飛行で飛び立ったところ。
ブリティッシュ・エアウェイズで活躍した、超音速輸送機コンコルド。2003年11月26日、ロンドン・ヒースロー空港からブリストルへの最終飛行で飛び立ったところ。

民間航空が古くから発達し、特に国際線の拡張は世界に広がる植民地間をつなぐために重要視されてきた。現在は、ブリティッシュ・エアウェイズヴァージン・アトランティック航空bmiイージージェットなどの航空会社がある。中でもブリティッシュ・エアウェイズは、英国海外航空英国欧州航空の2つの国営会社が合併して設立され、1987年に民営化された世界でも最大規模の航空会社である。1976年にはフランスの航空会社、エール・フランスとともに、コンコルド機を開発して世界初の超音速旅客輸送サービスを開始。しかし、老朽化とコスト高などにより2003年11月26日をもって運航終了となり、コンコルドは空から姿を消した。

主な空港として、ロンドンヒースロー空港ガトウィックスタンステッドのほか、ルートンマンチェスター、グラスゴー空港などが挙げられる。

日本との間には、ヒースロー空港と成田空港の間に日本航空が1日2便、ブリティッシュ・エアウェイズとヴァージンアトランティック航空、全日空が1日1便直行便を運航している。

海運

周囲を海に囲まれている上、世界中に植民地を持っていたことから古くからの海運立国であり、P&Oキュナードなど多くの海運会社がある。また、歴史上有名な「タイタニック号」や「クイーン・エリザベス2号」、「クイーン・メリー2号」などの著名な客船を運航している。

道路

自動車は左側通行である。また、インド・オーストラリア・ジャマイカなど、旧イギリス植民地の多くが現在でも左側通行を採用している。

国民

「イギリス民族」という民族は存在しない。主な民族はイングランドを中心に居住するゲルマン民族系のアングロ・サクソン人ケルト系のスコットランド人、アイルランド人ウェールズ人だが、旧植民地出身のインド系(印僑)、アフリカ系アラブ系華僑なども多く住む多民族国家である。

事実上の公用語は英語でありもっとも広く使用されているが、ウェールズの主に北部と中部でウェールズ語スコットランドの主にローランド地方スコットランド語ヘブリディーズ諸島の一部でスコットランド・ゲール語北アイルランドの一部でアルスター・スコットランド語アイルランド語が話されており、それぞれの構成国で公用語になっている。

特に、ウェールズでは1993年にウェールズ語が公用語になり、英語と同等な法的な地位を得た。2001年現在、ウェールズ人口の約20%がウェールズ語を使用し、その割合は僅かではあるが増加傾向にある。公文書や道路標識などはすべてウェールズ語英語とで併記される。また、16歳までの義務教育においてウェールズ語は必修科目であり、ウェールズ語を主要な教育言語として使用する学校(英語は第二言語として扱われる)も多く存在する。

イギリスの国籍法では、旧植民地関連の者も含め、自国民を次の六つの区分に分けている。

  • GBR:British Citizen - 英国市民
    • 本国人
  • GBN:British National (Overseas) - 英国国民(海外)※「BN(O)」とも書く。
  • GBD:British Dependent (Overseas) Territories Citizen - イギリス属領市民
    • 植民地出身者
  • GBO:British Overseas Citizen - イギリス海外市民
    • ギリシャ西岸の諸島・インド・パキスタン・マレーシアなどの旧植民地出身者のうち特殊な歴史的経緯のある者
  • GBP:British Protected Person - イギリス保護民
  • GBS:British Subject - イギリス臣民
    • アイルランド(北部以外)・ジブラルタルなどGBDやGBOとは別の経緯のある地域の住民で一定要件に該当する者

いずれの身分に属するかによって、国内での様々な取扱いで差異を生ずることがあるほか、パスポートにその区分が明示されるため、海外渡航の際も相手国により取扱いが異なることがある。(例:日本に入国する場合、British citizen(本国人)とBritish National (Overseas)(英国籍香港人)は短期訪問目的なら査証(ビザ)不要となるが、残りの四つは数日の観光訪日であってもビザが必要となる。)

宗教

イギリス政府の2001年の国勢調査によれば、キリスト教徒が71.6%、イスラム教徒が2.7%、ヒンドゥー教徒が1.0%であった。またキリスト教系の慈善団体による2007年の統計では、質問の形式は若干異なるが、キリスト教徒が53%で、1ヶ月に少なくとも1回は教会に通う人は、成人全体の15%であった。

教育

詳細は「イギリスの教育」を参照

イギリスの学校教育は地域や公立・私立の別により異なるが、5歳より小学校教育が開始される。

文化

文学

詳細は「イギリス文学」を参照

多くの傑作を後世に残したウィリアム・シェイクスピアは、イギリス・ルネサンス演劇を代表する空前絶後の詩人、および劇作家と言われる。初期のイギリス文学者としてはジェフリー・オブ・モンマスジェフリー・チョーサートマス・マロリーが著名。18世紀になるとサミュエル・リチャードソンが登場する。彼の作品には3つの小説の基本条件、すなわち「フィクション性および物語性、人間同士の関係(愛情・結婚など)、個人の性格や心理」といった条件を満たしていたことから、彼は「近代小説の父」と呼ばれている。19世紀になると更なる革新が見られ、ジェーン・オースティンブロンテ姉妹チャールズ・ディケンズトーマス・ハーディウィリアム・ブレイクウィリアム・ワーズワースが登場。20世紀に突入すると、「SFの父」ハーバート・ジョージ・ウェルズ、賛否両論はあるがD.H.ローレンスモダニズムを探求したヴァージニア・ウルフ、預言者ジョージ・オーウェルなどが出てくる。そして近年、ハリー・ポッターシリーズJ・K・ローリングがかつてのJ・R・R・トールキンのような人気を世界中で湧かせている。

音楽

詳細は「イギリスの音楽」を参照

クラシック音楽における特筆すべきイギリス人作曲家として、「ブリタニア音楽の父」ウィリアム・バードヘンリー・パーセルエドワード・エルガーアーサー・サリヴァンレイフ・ヴォーン・ウィリアムズベンジャミン・ブリテンがおり、ロンドンはクラシック音楽の都の一つとして現在残る。

イギリスのポピュラー音楽

詳細は「ロック (音楽)」を参照

ポピュラー音楽(特にロックミュージック)において、イギリスは先鋭文化の発信地として世界的に有名である。1960、70年代になるとロックが誕生し、中でもザ・ビートルズザ・ローリング・ストーンズといったロックンロールの影響色濃いバンドが、その表現の先駆者として活躍した。やがてキング・クリムゾンピンク・フロイドなどのプログレッシブ・ロッククリームレッド・ツェッペリンディープ・パープルブラック・サバスなどのR&Bハードロックがロックの更新に貢献。1970年代後半のパンク・ロックの勃興においては、アメリカ・ニューヨークからの文化を取り入れ、ロンドンを中心にセックス・ピストルズザ・クラッシュらが国民的なムーブメントを起こす。

パンク・ロック以降はインディー・ロックを中心にニュー・ウェーブなどといった新たな潮流が生まれ、テクノドラッグミュージック文化の発達と共にニューオーダーストーン・ローゼズなどが、メインストリームではデュラン・デュランデペッシュ・モードらの著名なバンドが生まれた。90年代はブリットポップエレクトロニカがイギリスから世界中に広まり人気を博し、オアシスブラーレディオヘッドプロディジーマッシヴ・アタックなどは特に目覚ましい。シューゲイザートリップホップビッグビートなどといった多くの革新的音楽ジャンルも登場した。近年ではエイミー・ワインハウスマクフライコールドプレイスパイス・ガールズらがポップシーンに名を馳せた。

イギリスではロックやポップなどのポピュラー音楽が、国内だけでなく世界へ大きな市場を持つ主要な外貨獲得興業となっており、トニー・ブレア政権下などではロックミュージックに対する国策支援などが行われたりなど、その重要度は高い。アメリカ合衆国と共にカルチャーの本山として世界的な影響力を保ち続け、他国のポピュラー音楽産業の潮流への先駆性は、近年もいささかも揺るがない。

コメディ

イギリス人はユーモアのセンスが高いと言われている。また、コメディアンの多くは高学歴である。

料理

詳細は「イギリス料理」を参照

国花

国花はそれぞれの地域が持っている。

スポーツ

イギリスはサッカーラグビークリケットゴルフなど多くのスポーツが発祥した地であり、国技としても定着している。年間観客動員数は900万人を集めるサッカーと、600万人の競馬が他を大きく凌いでおり、ユニオンラグビーの300万、クリケット200万がそれに続く(いずれも2004年実績)。 この内団体球技(サッカー、ラグビー、クリケット)は発祥地域の伝統的な配慮から国際競技団体ではイギリス単体ではなく、イングランドスコットランドウェールズ北アイルランド(ラグビーに関してはアイルランドにまとめている)の4地域それぞれの加盟を認めているが、サッカーが公式なプログラムとして行われている近代オリンピックでは単一国家としての出場が大原則であるため、長年出場してない。しかし2012年の開催が内定したロンドン五輪では4協会が一体となった統一イギリス代表としてエントリーすることも検討し始めているという。また、イギリスの首都であるロンドンで夏季オリンピックを行ったのは、1948年以来64年ぶりである。

サッカー

数多くのスポーツを誕生させたイギリスでも取り分け人気なのがサッカーである。イギリスでサッカーは「フットボール」と呼び、近代的なルールを統一させたことから「近代サッカーの母国」と呼ばれ、それぞれの地域に独自のサッカー協会がある。イギリス国内でそれぞれ独立した形でサッカーリーグを展開しており、中でもイングランドプレミアリーグは現在世界的に大変人気である。イングランドサッカー協会 (FA) などを含むイギリス国内の地域協会は全て、国際サッカー連盟 (FIFA) よりも早くに発足しており、FIFA加盟国では唯一特例で国内の地域単位での加盟を認められている。その為、FIFAや欧州サッカー連盟(UEFA)が主宰する各種国際大会(W杯EURO 欧州選手権UEFAチャンピオンズリーグUEFAカップFIFA U-20ワールドカップUEFA U-21欧州選手権などの年代別国際大会)には地域協会単位でのクラブチームやナショナルチームを参加させており、さらには7人いるFIFA副会長の一人はこの4協会から選ばれるなど、他にもいくつか特権的な地位が与えられている。また、サッカー選手や監督がプロ競技における傑出した実績によって一代限りの騎士や勲爵士となることがある。(デヴィッド・ベッカムボビー・ロブソンアレックス・ファーガソンなど。)

また、サッカーはもともとラグビーと同じく中流階級の師弟が通うパブリックスクールで近代競技として成立したが、その過程は労働者階級の娯楽として発展していった。ただ、当時のイギリスの継続的な不況からくる労働者階級の人口の割合と、それ以外の階級者も観戦していたということを注意しなければならない。労働者階級がラグビーよりもサッカーを好んでいたとされる理由として、フーリガンというあまり好ましくない暴力的なファンの存在が挙げられることもある。ただ、相次ぐフーリガン絡みの事件や事故を重く見た政府は1980年代にフーリガン規制法を制定し、スタジアムの大幅な安全基準の見直しなどを行った。現在では各スタジアムの試合運営スタッフがスタジアムの至る所に監視カメラを設置し、特定のサポーター(フーリガン)に対する厳重な監視や入場制限を行っている。そのような取り組みの結果、近年スタジアムではそれまで頻発していたフーリガン絡みの事件や事故の件数が大幅に減少した。

競馬

詳細は「イギリスの競馬」を参照

近代競馬発祥の地でもある。18世紀ゴルフに次いでスポーツ組織としてジョッキークラブが組織され、同時期にサラブレッドも成立した。どちらかと言えば平地競走よりも障害競走の方が盛んな国であり、"Favourite 100 Horses"(好きな馬100選)ではアークルを初め障害馬が上位を独占した。障害のチェルトナムフェスティバルグランドナショナルミーティングは15~25万人もの観客動員数がある。特に最大の競走であるG3グランドナショナルの売り上げは700億円近くになり、2007年現在世界で最も馬券を売り上げる競走になっている。平地競走は、ダービー王室開催のロイヤルアスコットレースミーティングが知られ、こちらも14~25万人の観客を集める。ダービーは、この競走を冠した競走が競馬を行っている国には必ずと言っていい程存在しており世界で最も知られた競走といって良いだろう。エリザベス女王も競馬ファンとして知られており、自身何頭も競走馬を所有している。

イギリスでは、日本などと違い競馬など特定の競技だけでなく全てのスポーツがギャンブルの対象となるが、売り上げはやはり競馬とサッカーが多い。競馬は1970年代を頂点に人気を失いつつあったが、近年急速に観客動員数が持ち直す傾向にある。売上高も2兆円を超え、人口当りの売り上げは香港を除けばオーストラリアに次ぐ。しかし、売り上げの多く(2003年で97.1%)が主催者側と関係のないブックメーカーに占められるという構造的な課題がある。なお、イギリス人はどんな小さな植民地にも必ずと言っていい程競馬場を建設したため、現在でも旧イギリス領は競馬が盛んな国が多い。また、馬術も盛んであり、馬術のバドミントンは3日間で15万人以上の観客動員数がある。

モータースポーツ

モータースポーツ発祥の地としても知られており、フォーミュラ1(F1)で多数のチャンピオンドライバーを生み出している他、歴史的にはロータスティレル、現存するものとしてはマクラーレンウィリアムズといった、数多くの名門レーシングチームが本拠を置き、モータースポーツ車両の設計製造において常に最先端を行く。イベントにも歴史があり、1926年に初開催されたイギリスグランプリは最も古いグランプリレースのひとつであり、1950年にはこの年始まったF1の第1戦をシルバーストンサーキットで開催した。世界ラリー選手権の一戦として組み込まれているラリー・グレート・ブリテン(1933年初開催)も同シリーズの中でもっとも古いイベントの一つである。

世界遺産

イギリス国内には、ユネスコ世界遺産リストに登録された文化遺産が21件、自然遺産が5件ある。詳細は、イギリスの世界遺産を参照。

祝祭日

祝祭日は、イングランド、ウェールズ、スコットランド、北アイルランドの各政府により異なる場合がある。銀行をはじめ多くの企業が休みとなることから、国民の祝祭日をバンク・ホリデー(bank holiday;銀行休業日)と呼ぶ。

日付日本語表記現地語表記備考
1月1日元日New Year's Day移動祝日
1月2日元日翌日-移動祝日、スコットランドのみ
3月17日聖パトリックの日St Patrick's Day北アイルランドのみ
3月 - 4月聖金曜日Good Friday移動祝日
3月 - 4月復活祭月曜日Easter Monday移動祝日
5月第1月曜日五月祭Early May Bank Holiday移動祝日
5月最終月曜日五月祭終りSpring Bank Holiday移動祝日
7月12日ボイン川の戦い記念日Battle of the Boyne (Orangemen's Day)北アイルランドのみ
8月第1月曜日夏季銀行休業日Summer Bank Holiday移動祝日、スコットランドのみ
8月最終月曜日夏季銀行休業日Summer Bank Holiday移動祝日、スコットランドを除く
12月25日クリスマスChristmas Day
12月26日ボクシングデーBoxing Day
  • 聖金曜日を除く移動祝日は原則的に月曜日に設定されている。
  • ボクシングデー後の2日も銀行休業日であったが2005年を最後に廃止されている。

脚注

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関連項目

外部リンク

ウィクショナリー
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