川崎宗則についての最新情報、関連する画像や動画を紹介。(出典:Wikipedia)
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| 本来の表記は「川﨑宗則」です。この記事に付けられた題名は記事名の制約から不正確なものとなっています。 |
| 福岡ソフトバンクホークス #52 | |
|---|---|
2006WBC日本代表での川﨑宗則 | |
| 基本情報 | |
| 国籍 | |
| 出身地 | 鹿児島県姶良郡姶良町(2010年3月23日より姶良市) |
| 生年月日 | 1981年6月3日(28歳) |
| 身長 体重 | 179cm 74kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 右投左打 |
| ポジション | 遊撃手 |
| プロ入り | 1999年 ドラフト4位 |
| 初出場 | 2001年10月3日 |
| 年俸 | 1億5,000万円(2010年) |
| 経歴(括弧内は在籍年) | |
| |
| 国際大会 | |
| 代表チーム | |
| 五輪 | 2008年 |
| WBC | 2006年、2009年 |
この表について | |
川﨑 宗則(かわさき むねのり、1981年6月3日 - )は、福岡ソフトバンクホークスに所属するプロ野球選手(内野手)。
目次 |
経歴
アマチュア時代
兄の影響で野球を始める、小、中、高校生と遊撃手。鹿児島県立鹿児島工業高等学校時代は中央球界では無名だったが、50m走5秒8の俊足で左打ち・安打数の多さから「サツロー(薩摩のイチロー)」とも呼ばれた。
1999年のドラフトで福岡ダイエーホークスに4位指名され入団。
プロ入り後
ルーキーの年から2軍で遊撃手のレギュラーに定着し、2000年ウェスタン・リーグ5位(チームトップ)の打率.300を記録。2001年はウェスタン・リーグ2位の29盗塁を記録し、シーズン終盤の10月3日にプロ初出場。2002年には規定打席不足ながら打率.367を残し、認定でウェスタン・リーグの首位打者になり、9月には井口資仁の離脱で1軍の二塁手として起用された。インターコンチネンタル杯日本代表に選出。
2003年、鳥越裕介の故障により2番遊撃手で初の開幕スタメン出場。鳥越の復帰後は小久保裕紀の長期離脱で空いた三塁手にまわり、1番村松有人・3番井口とともに盗塁を量産。足でダイハード打線に貢献した。初の規定打席到達で打率.294、2本塁打、51打点、30盗塁の好成績を残し、チームの日本一に貢献した。
2004年、遊撃手のレギュラーに定着し、全試合出場と打率3割を記録。松中信彦と並び最多安打(171本)、盗塁王(42個)・ベストナイン・ゴールデングラブ賞を獲得。
2006年、WBC日本代表に選出され、遊撃手として優勝に貢献。決勝のキューバ戦では、1点差に迫られた9回表にイチローのライト前ヒットで二塁からホームへ生還。その際、捕手のブロックのわずかなすき間から右手をねじ込んで生還し「神の右手」として話題になったが、このプレーで右肘を負傷。シーズン復帰は4月中旬までずれ込んだ。レギュラーシーズンでは2年ぶりの打率3割を記録。2度目となるベストナイン、ゴールデングラブ賞を獲得。
2007年は2度の長期離脱があり、レギュラー定着後はじめて規定打席に到達しなかったが、打率.329を記録した。
2008年、交流戦で全体のトップとなる37安打、チームトップの打率.366を記録。ソフトバンクの交流戦初優勝に貢献し、野手としては初の交流戦MVPに選出された。8月、北京オリンピック野球日本代表に選出されたが、シーズン中から痛めていた左足のケガを押して出場したため骨膜炎を発症。帰国後、左足第二中足骨の疲労骨折が判明。王貞治監督の最終試合となる楽天戦で復帰した。
2009年、第2回ワールドベースボールクラシック日本代表に前回に続いて選出。三塁手として5試合に出場。準決勝のアメリカ戦では9番三塁手で先発出場、4打数2安打1打点1盗塁により勝利に貢献した。シーズンではリーグ2位で自己最多の44盗塁、犠打はリーグトップで球団記録を塗り替える43個をマークしたが、打率は自己ワーストの.259に終わった。
プレースタイル
2008年現在までに盗塁王、最多安打、ゴールデングラブ賞を獲得。走攻守に秀でた内野手。元気溌剌なプレーでムードメーカーとしてもチームに貢献。投手が打ち込まれた際などに自らタイムを取って声をかけに行く光景などがよく見られ、首脳陣からも次期チームリーダーとしても期待されていた。 そして、2010年シーズンより斉藤和巳の後を引き継ぎホークスの選手会長となることとなる。
年度別打撃成績
| 年 度 | 球 団 | 試 合 | 打 席 | 打 数 | 得 点 | 安 打 | 二 塁 打 | 三 塁 打 | 本 塁 打 | 塁 打 | 打 点 | 盗 塁 | 盗 塁 死 | 犠 打 | 犠 飛 | 四 球 | 敬 遠 | 死 球 | 三 振 | 併 殺 打 | 打 率 | 出 塁 率 | 長 打 率 | O P S |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2001 | ダイエー ソフトバンク | 1 | 5 | 4 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | .000 | .200 | .000 | .200 |
| 2002 | 36 | 122 | 112 | 13 | 26 | 4 | 5 | 0 | 40 | 8 | 3 | 2 | 6 | 0 | 4 | 0 | 0 | 21 | 1 | .232 | .259 | .357 | .616 | |
| 2003 | 133 | 568 | 493 | 78 | 145 | 17 | 9 | 2 | 186 | 51 | 30 | 16 | 28 | 2 | 41 | 0 | 4 | 74 | 8 | .294 | .352 | .377 | .729 | |
| 2004 | 133 | 633 | 564 | 87 | 171 | 19 | 8 | 4 | 218 | 45 | 42 | 14 | 15 | 3 | 48 | 0 | 3 | 63 | 8 | .303 | .359 | .387 | .746 | |
| 2005 | 102 | 458 | 399 | 53 | 108 | 12 | 3 | 4 | 138 | 36 | 21 | 10 | 22 | 3 | 26 | 0 | 8 | 52 | 4 | .271 | .326 | .346 | .672 | |
| 2006 | 115 | 513 | 449 | 69 | 140 | 21 | 7 | 3 | 184 | 27 | 24 | 9 | 27 | 0 | 32 | 0 | 5 | 54 | 2 | .312 | .364 | .410 | .774 | |
| 2007 | 95 | 427 | 383 | 57 | 126 | 12 | 7 | 4 | 164 | 43 | 23 | 8 | 10 | 1 | 29 | 1 | 4 | 46 | 3 | .329 | .381 | .428 | .809 | |
| 2008 | 99 | 457 | 424 | 55 | 136 | 16 | 6 | 1 | 167 | 34 | 19 | 9 | 6 | 5 | 16 | 3 | 6 | 40 | 5 | .321 | .350 | .394 | .744 | |
| 2009 | 143 | 640 | 540 | 73 | 140 | 26 | 8 | 4 | 194 | 34 | 44 | 17 | 43 | 3 | 47 | 1 | 7 | 90 | 8 | .259 | .325 | .359 | .684 | |
| 通算:9年 | 857 | 3823 | 3368 | 486 | 992 | 127 | 53 | 22 | 1291 | 279 | 206 | 85 | 157 | 17 | 244 | 5 | 37 | 440 | 39 | .295 | .347 | .383 | .731 | |
- 2009年度シーズン終了時
- 各年度の太字はリーグ最高
- ダイエー(福岡ダイエーホークス)は、2005年にソフトバンク(福岡ソフトバンクホークス)に球団名を変更
年度別守備成績
| 年度 | 遊撃 | 三塁 | 二塁 | 一塁 | ||||||||||||||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 試合 | 刺殺 | 補殺 | 失策 | 併殺 | 守備率 | 試合 | 刺殺 | 補殺 | 失策 | 併殺 | 守備率 | 試合 | 刺殺 | 補殺 | 失策 | 併殺 | 守備率 | 試合 | 刺殺 | 補殺 | 失策 | 併殺 | 守備率 | |
| 2001 | 1 | 3 | 4 | 0 | 1 | 1.000 | - | - | - | |||||||||||||||
| 2002 | 10 | 15 | 17 | 2 | 1 | .941 | - | 24 | 45 | 77 | 1 | 10 | .992 | 1 | 16 | 0 | 0 | 2 | 1.000 | |||||
| 2003 | 85 | 89 | 182 | 6 | 47 | .978 | 75 | 38 | 114 | 8 | 11 | .950 | 1 | 1 | 4 | 0 | 0 | 1.000 | - | |||||
| 2004 | 132 | 227 | 376 | 10 | 87 | .984 | 8 | 2 | 6 | 1 | 1 | .889 | - | - | ||||||||||
| 2005 | 102 | 170 | 283 | 6 | 61 | .987 | - | - | - | |||||||||||||||
| 2006 | 115 | 164 | 356 | 12 | 65 | .977 | - | - | - | |||||||||||||||
| 2007 | 94 | 121 | 294 | 6 | 40 | .986 | - | - | - | |||||||||||||||
| 通算 | 539 | 789 | 1512 | 42 | 302 | .982 | 83 | 40 | 120 | 9 | 12 | .947 | 25 | 46 | 81 | 1 | 10 | .992 | 1 | 16 | 0 | 0 | 2 | 1.000 |
タイトル・表彰・記録
- 盗塁王:1回(2004年)
- 最多安打:1回(2004年)
- ベストナイン:2回(2004年、2006年)
- ゴールデングラブ賞:2回(2004年、2006年)
- オールスターゲーム出場:6回(2004年 - 2009年)
- 交流戦最優秀選手:1回(2008年)
- 月間MIP賞(2008年6月)
個人記録
- 初出場:2001年10月3日、対オリックスブルーウェーブ28回戦(グリーンスタジアム神戸)、2番・遊撃手として先発出場
- 初打点:同上、6回表にエド・ヤーナルから
- 初安打:2002年6月15日、対大阪近鉄バファローズ11回戦(大阪ドーム)、6回表にジェレミー・パウエルから
- 初本塁打:2003年7月28日、対大阪近鉄バファローズ17回戦(福岡ドーム)、3回裏に門倉健から
- 初盗塁:2002年6月19日、対西武ライオンズ11回戦(西武ドーム)、5回表に二盗
背番号
- 52(2000年 - )
人物
- ニックネームは名前よりムネリン。チームメイトからは「ムネ」「ムネさん」と呼ばれている。また、入団時は公称179cm・62kgと華奢で、太れ(筋肉をつけろ)と監督命令されたことから岡本克道(当時チームメイトで現横浜ベイスターズ1軍投手コーチ)から「ヒヨコ」とあだ名されていた。
- 実家は川崎電気工事という父が開業した電気工務店で、自身も高校時代に第2種電気工事士の資格を取得している。『東京フレンドパーク2』出演時、電気事業者を答えるクイズで「川崎電気」と回答し、関口に「ノイズが入らなかったか?」と突っ込まれ、渡辺正行が「CMが入りました」とフォローした。
- 2004年から盗塁数と同数の車椅子を寄贈する「走れ!川崎プロジェクト」を立ち上げ、2006年末に吉武真太郎や吉本亮、山崎勝己、井手正太郎らをメンバーに、自身がオーナーを務めて「宗rin's」という軟式野球チームを作って小・中学生と交流するなどメセナ活動も行っている。
- 背番号52にはこだわりを持っており、入団以来何度も背番号変更を打診されているが断り続け、WBCでも52番をつけた。これは彼がイチローをして「イチローマニアですね」と言わせるほどの大ファンである為で、イチロー(背番号51)のひとつ後の番号という思い入れから。
- アリゾナにあるイチローの別宅に招待された際、「どちらがイチローさんの車の助手席に乗るか」を巡るジャンケンで今江敏晃(ロッテ)に敗北した(『ジャンクSPORTS』内での今江の発言)。2007年はヤフードームの登場曲もイチローと同じ楽曲(矢沢永吉の『止まらないHa~Ha』)を使用した。
- 青木宣親(ヤクルト)とは同学年で出身が近い(青木は宮崎県日向市出身。ただし姶良郡姶良町と日向市は100キロ近く離れており必ずしも近いとは言えず、単なる隣県という程度の話である)こともあって旧知の間柄。高校時代に練習試合で対戦している。他、馬原孝浩ら同学年の選手や、WBCで二遊間を組んだ西岡剛(ロッテ)と交友が深い。芸能関係では他にラッパーのMCU(KICK THE CAN CREW)と交流があり、2007年のオープン戦で打席に入る際のテーマソングに、MCUの提供した『サヨナラ』を使用した。
- 2006年、母校の鹿児島工業高校が夏の甲子園に初出場した際、紫の刺繍で校名を縫い取ったスポーツバックを贈った(同校はベスト4に進出)。同年春、川崎は自主トレーニングでこの母校の野球部の後輩たちと一緒に練習をしていた(公式HPの日記より)。
FMラジオ
2004年1月より福岡市のCROSS FMでナビゲーターを務め、『川崎宗則の今日もヨロシコ』を毎年1月から3月の期間限定で放送している。近況報告や裏話、ファンからの質問が中心で人気企画となっている。
入場テーマ(出囃子)
- ケツメイシ「夏の思い出」(2005年夏場まで)
- Soul Camp「Big Mama」(2005年夏以降)
- ウルフルズ「バンザイ~好きでよかった~」(2006年開幕~5月頭頃)
- Def Tech「Catch The Wave」(2006年5月のみ)
- BENNIE K「サンライズ」(2006年6月~7月頃)
- HOME MADE 家族「サルビアのつぼみ」(2006年9月以降)
- MCU「サヨナラ」(2007年オープン戦のみ)
- 矢沢永吉「止まらないHa~Ha」(2007年開幕以降、6月下旬より第1打席目に使用)
- GReeeeN「道」(2007年6月下旬より第2打席目以降に使用)
- Natural Radio Station「福岡WALKER」(2008年開幕~)
- Natural Radio Station「LIFE STYLE」(2008年4月~、第2打席のみ使用)
- Memphis Bleek「LIKE THAT」(2008年6月3日のみ?)
コマーシャル
- 現在出演中
- 過去に出演
関連項目
外部リンク
- 川崎宗則公式サイト
- 個人年度別成績 【川崎宗則 (福岡ソフトバンクホークス)】 - 日本野球機構オフィシャルサイト
| 福岡ソフトバンクホークス 2010 | |
|---|---|
| 監督 | 81 秋山幸二 |
| コーチ | 80 大石大二郎(ヘッド) | 82 高山郁夫(投手) | 86 田之上慶三郎(投手) | 83 立花義家(打撃) | 84 湯上谷竑志(内野守備走塁) | 87 井出竜也(外野守備走塁) | 85 的山哲也(バッテリー) | 92 山川周一(コンディショニング) | 96 管進吾(コンディショニング) |
| 二軍監督・コーチ | 71 鳥越裕介(監督) | 73 斉藤学(投手) | 75 山村善則(打撃) | 77 林孝哉(内野守備走塁) | 79 五十嵐章人(外野守備走塁) | 72 田口昌徳(バッテリー) | 95 川村隆史(コンディショニング) | 93 星野順治(コンディショニング補佐) | 94 倉野信次(コーチ補佐(投手担当)) | 97 宮地克彦(コーチ補佐(野手担当)) | 99 森浩之(コーチ補佐(バッテリー担当)) |
| 投手 | 11 小椋真介 | 13 高橋秀聡 | 14 馬原孝浩 | 17 大場翔太 | 18 新垣渚 | 19 森福允彦 | 20 巽真悟 | 21 和田毅 | 25 ファルケンボーグ | 26 川原弘之 | 28 大隣憲司 | 29 怜王 | 31 佐藤誠 | 33 有馬翔 | 38 神内靖 | 39 久米勇紀 | 40 藤岡好明 | 41 岩嵜翔 | 44 水田章雄 | 47 杉内俊哉 | 48 甲藤啓介 | 50 攝津正 | 54 ホールトン | 56 柳瀬明宏 | 57 三瀬幸司 | 59 鈴木駿也 | 61 金無英 | 63 大田原隆太 | 64 高橋徹 | 65 下沖勇樹 | 66 斉藤和巳 | 91 陽耀勲 |
| 捕手 | 12 高谷裕亮 | 22 荒川雄太 | 42 堂上隼人 | 62 山崎勝己 | 70 田上秀則 |
| 内野手 | 0 仲澤忠厚 | 2 今宮健太 | 5 松田宣浩 | 7 立岡宗一郎 | 8 李杋浩 | 9 小久保裕紀 | 32 森本学 | 36 明石健志 | 37 福田秀平 | 45 李杜軒 | 46 本多雄一 | 49 オーティズ | 52 川崎宗則 | 53 金子圭輔 | 67 吉川元浩 | 68 豊福晃司 |
| 外野手 | 1 柴原洋 | 3 松中信彦 | 6 多村仁志 | 10 中原恵司 | 23 城所龍磨 | 27 中西健太 | 30 長谷川勇也 | 35 村松有人 | 43 江川智晃 | 51 荒金久雄 | 55 小斉祐輔 | 58 辻武史 | 60 中村晃 | 69 井手正太郎 |
| 育成選手 | 121 山田大樹(投手) | 122 内田好治(投手) | 123 二保旭(投手) | 124 柳川洋平(投手) | 125 猪本健太郎(捕手) | 126 トゥサント(外野手) | 127 大西正樹(投手) |
| 業績 | ||||||||||||||||||||||||||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
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| 野球日本代表 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 福岡ダイエーホークス(現・福岡ソフトバンクホークス) 1999年ドラフト指名選手 |
|---|
| 1位:田中総司 / 2位:広田庄司 / 3位:的場直樹 / 4位:川﨑宗則 / 5位:田中瑞季 |
カテゴリ: 雑多な内容を箇条書きした節のある記事 - 2009年7月 | 日本の野球選手 | オリンピック野球日本代表選手 | 福岡ソフトバンクホークス及びその前身球団の選手 | 盗塁王 (NPB) | 鹿児島県出身の人物 | 1981年生 | 存命人物
