ボディビルについての最新情報、関連する画像や動画を紹介。(出典:Wikipedia)

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ボディビルダー
ボディビルダー

ボディビルボディビルディング、英語:bodybuilding)は筋肉繊維をウェイトトレーニング栄養の摂取そして休養を組み合わせることによって発達させる過程のことである。ボディビルを行う人をボディビルダーと呼ぶ。スポーツ(ボディビルはスポーツではないという見方もあるが[誰?])としては「ボディビル競技会(コンテスト)」と呼ばれ、ボディビルダーたちは彼らの肉体(physiques)を審査員に披露し、審査員は審美的造型に基づいて得点をつける。審美的、というのは、胸回りが何センチあるか、と言った尺度ではなく、全体的な形の美しさで審判するという意味である。

有名なボディビルダーには俳優としても活躍したアーノルド・シュワルツェネッガールー・フェリグノen:Lou Ferrigno)などがいる。

目次

歴史

アスレチックスポーツとしてのボディビルは11世紀のインドにまで遡ることができる。そこではアスリート達が「ナル」と呼ばれる木の棒の外側に石をくくりつけたダンベルを使用していた。

草創期

ユージン・サンドウ
ユージン・サンドウ

「筋肉を披露する技芸」としてのボディビルが誕生したのは19世紀末のことである。この時代にボディビル競技を推進したのが「近代ボディビルの父」としばしば評されるドイツ(当時プロシア)出身のユルゲン・サンドウユージン・サンドウとも)である。

サンドウは最初に運動器具(マシンド・ダンベル、スプリング・プーリー、テンション・バンド)を発明販売した。

1901年9月14日にサンドウは初めて、ボディビルコンテストを開いた。そのコンテストは「グレートコンペティション」と呼ばれ、英国ロンドンロイヤル・アルバート・ホールで開催された。審査員はチャールズ・ロウズ卿とアーサー・コナン・ドイル卿が務めた。コンテストは大成功を収め、勝利者には彫刻家フレデリック・ポメロイによるサンドウを模したトロフィーが与えられた。このトロフィーは1977年からミスターオリンピアの優勝者にも贈呈されている。20世紀初頭、ベルナール・マックファッデンとチャールズ・アトラスがサンドウに引き続いてボディビルの普及を推し進めた。

黄金時代

シンメトリーやディフィニションより、サイズの大きさが優先されて評価されるようになった現代では、1940年から1970年はボディビルの「黄金時代」と回顧されることがある。トレーニング技術が発達し、出版物やコンテストが増加したのもこの時代である。この時代のボディビルは、米国カリフォルニア州サンタモニカのマッスル・ビーチで、特に盛んであった。人気が高まるにつれ、アマチュア・アスレチック・ユニオン(AAU)が1939年にボディビル競技会を既存のウェイトリフティング競技の一つに加え、翌年にはこの競技会をAAUミスター・アメリカと命名した。しかし、AAUはアマチュア競技者のみを許可し、ウェイトリフティングのオリンピック競技を重視したため、多くのボディビルダーの反発を招いた。これをきっかけに、ベン・ウィーダーとジョン・ウィーダー兄弟が国際ボディビル連盟(IFBB)を発足させるに至った。IFBBミスター・アメリカはプロも参加可能なコンテストであった。1950年には全米アマチュアボディビルディング協会 (NABBA) が「NABBAミスター・ユニバース・コンテスト」を英国で開始した。これと双璧をなすミスター・オリンピアの第1回は1965年に開催された。現在ではミスター・オリンピアはボディビル界でもっとも栄誉あるタイトルになっている。 当初はそのコンテストは男性限定であったが、1965年にNABBAはミス・ユニバースをコンテストに加え、1980年にはミス・オリンピアが創設された。

日本においても1955年に当時人気のプロレスとあいまって第一次ボディビルブームが起こり、広くボディビルが普及した。同年10月には「日本ボディビル協会」(現在の日本ボディビル連盟)が発足し、第一回ミスター日本ボディビルコンテストが行われた。1967年にはIFBB世界大会に日本選手を派遣し、日本ボディビルが本格的に国際化する。その後もIFBBやNABBAの国際大会で日本選手が相次いで好成績を収めている。1983年には初の女性ボディビル全国大会である「ミス日本コンテスト」が開催された。

1970年代以後

1970年代までに、ボディビルは、アーノルド・シュワルツェネッガーと1977年の映画「パンピング・アイアン」により大きな市民権を獲得するようになった。このときにはIFBBがボディビル界を統括しており、AAUはその後塵を拝した。また、この時代にはアナボリックステロイドが他のスポーツと同様にボディビルにも浸透していった。このような状況に対し、国際オリンピック委員会のメンバーに認めてもらうために、IFBBは数種のステロイドホルモン剤と他の禁止薬物に対して厳格なドーピング検査を導入した。2000年代初頭、IFBBはボディビルをオリンピックの競技にしようと試みた。2000年にはIOCの会員となり、(オリンピックの正式種目として採用される可能性のある)公開競技としての開催が試みられたものの、結局成功にはいたらなかった。この背景には実際のコンテストでは運動競技の様な「記録」が無い事から、ボディビルはスポーツではないという主張するものがいることや、ボディビルではオリンピックの競技で禁止されているアナボリックステロイドの使用が不可避であるとの根強い誤解がある。これに対し支持者はポージング・ルーチンには他のスポーツと同じように技能と準備が必要だと主張しており、依然として論争の的になっている[要出典]

ボディビルと薬物

ナチュラル・ボディビルドーピングの項目も参照

ボディビルディング薬物とのかかわりは他のスポーツよりも深く、1960年代に薬物の洗礼を受けたと言われる。その結果として、「ボディビルダーは誰も彼もが薬物を使用(ドーピング)している」という誤ったイメージをもつ人も多い[要出典]

現代では、ボディービルダーの「二極分化」が進んでいると言われる[要出典]。無制限に薬物を使用し、異常なまでに発達した筋肉で人々の注目を集めるタイプのボディービルダー(IFBBミスターオリンピア等)が存在するいっぽうで、一切薬物を使用すること無く、自然なサプリメント摂取と地道なトレーニングを積み重ねるタイプのボディビルダーが存在する。後者を「ナチュラルビルダー」と呼ぶこともある。

通常、この両者は同じコンテストに出場することは無く、各々に専用のコンテストが存在する。ナチュラルビルダーが出場するコンテストにおいては、一般的に(ナチュラルである事を標榜していても、ローカルなコンテストでは、予算の関係で検査ができない事もある)厳重な薬物検査が実施され、違反者は即失格となる。中には、薬物を使用していながら、使用していないと偽ってナチュラルビルダーのコンテスト(筋肉の大きさだけを問うのであれば、ナチュラルの方がレベルが低い)に出場する者もいるため、検査項目にポリグラフ(嘘発見器)を使用しているコンテストもある。

薬物使用ビルダーが、薬物大量摂取による後遺症で健康を損ねたり、あるいはそれが原因で死亡する事が問題となり、それで公然の秘密とされていたボディビルの薬物汚染に批判が集まり、検査が実施されるに至った。しかし、コンテストにおけるボディビルダーを「健康美」の対象としてではなく、「見世物」と考える観客も多く、そういった人々は怪物のような肉体を見ることのみを望み、ボディビルダーの健康には関心が無かった。入賞者に賞金の出る「プロボディビルダー」の大会では、興行のためにそういった観客の「需要」を無視する事ができず、薬物検査をせず、暗に薬物使用を認めることになった。一旦は薬物検査を実施しておきながら、その結果コンテストが不人気となってしまい、慌てて薬物検査を取りやめたプロの大会も存在する。

以前までは、「薬物使用可=プロのコンテスト」「薬物使用不可=アマチュアのコンテスト」という公式があったが[要出典]、薬物検査を欺く技術が発達したため、現在ではアマチュアコンテスト出場者であってもナチュラルビルダーとは言えず、単に「プロライセンスを持たない者のコンテスト」という意味になりつつある[要出典]。また、最近の健康志向の風潮からナチュラルビルダーに対する評価が上がり、「プロのナチュラルビルダー」というカテゴリーも存在するようになった。

薬物使用(ドーピング)をどれほどまで許容すべきか、という論争は、ボディビルディングにおいては、多少は許容すべきという意見があれば、一切廃すべきという意見もある[要出典]

薬物の副作用

  • 内臓肥大(特にここ10年内は、薬物の影響で内臓肥大が進行し、腹部が極端に隆起肥大しているトップビルダーも珍しくなくなった。あまりにも酷いので国際ボディビル連盟は内臓肥大による腹部の隆起を減点対象とする採点法に変更した。)
  • 頭髪の脱毛(個人差がある)
  • 体毛が濃くなる
  • 変声(低音化)
  • 女性化乳房
  • 睾丸の縮小、異化
  • 動脈硬化
  • 高血圧
  • ある種の(アナボリックステロイドと白血病の因果関係は事例では相当数に上る)
  • 心臓疾患(心不全)

関連項目

関連語

選手関係の項目

関連団体

ボディビルをしている(いた)著名人

ボディビルを題材にしたテレビドラマ

外部リンク

ボディビル

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